山内マリコの長編小説『あのこは貴族』は、東京生まれの華子と地方出身の美紀、異なる階級の女性二人の人生が交錯する物語。結婚と葛藤を通じて、現代社会の格差や女性の生き方を描く。2016年集英社文庫刊。
あらすじ
『あのこは貴族』は、東京を舞台に、異なる社会的背景を持つ二人の女性、榛原華子(はりはら はなこ)と時岡美紀(ときおか みき)の人生が、ある男性を介して交錯する物語 。
華子は、渋谷区松濤の開業医の家に生まれた、いわゆる「箱入り娘」です。名門女子校を卒業し、コネで大企業に就職するなど、何不自由ない生活を送ってきましたが、20代後半で長年付き合っていた恋人に突然振られ、人生初の挫折を味わいます。結婚を意識し、周囲の同級生が次々と家庭を持つ中、焦りを感じた華子は婚活を始めます。姉の夫の紹介で、慶應義塾大学出身のハンサムな弁護士、青木幸一郎(あおき こういちろう)と出会い、順調に婚約へと進みます。しかし、幸一郎の本心が見えず、華子はどこか不安を抱えながらも結婚への道を歩みます。
一方、美紀は富山県の漁師町出身で、親の反対を押し切り猛勉強の末に慶應義塾大学に進学した努力家です。しかし、経済的な理由から学費を払えず、大学を中退。水商売で生計を立てる生活に身を投じ、その中で幸一郎と出会います。美紀にとって、同じ大学に通う幸一郎は別世界の存在であり、憧れを抱きつつも「都合の良い関係」に甘んじてきました。幸一郎が華子と婚約した後も、この関係は続き、美紀は自分の人生や価値観を見つめ直すきっかけを模索します。
華子と美紀は、共通の知人である逸子を通じて出会い、幸一郎の身勝手な行動を知ることになります。この出会いは、互いの境遇や悩みを理解する契機となり、女性同士の連帯が生まれます。華子は幸一郎との結婚生活に入りますが、彼の本心が見えないまま関係は破綻。両親の反対を押し切り離婚を選択し、新たな人生を歩み始めます。一方、美紀も幸一郎との腐れ縁を断ち切り、自身の道を切り開きます。物語は、階級の異なる二人の女性が、男性を介した出会いを通じて自己を見つめ直し、それぞれの「解放」へと向かう姿を描きます。
解説
『あのこは貴族』は、現代日本の階級社会と女性の生き方を鋭く描いた作品です。山内マリコは、東京という都市を舞台に、華やかな上流階級と地方出身者の対比を通じて、社会的格差や女性が直面するプレッシャーを浮き彫りにします。華子の世界は、物質的には恵まれていますが、選択肢が限られた閉鎖的な環境です。彼女の婚活は、個人の幸福よりも家柄や体裁を優先する価値観に縛られており、その息苦しさが丁寧に描かれています。一方、美紀の人生は、努力と挫折の連続であり、経済的困窮や社会的な壁に直面しながらも、自力で生き抜く姿が対比的に示されます。
物語の核心は、華子と美紀が互いの存在を通じて、自分の「当たり前」を問い直す過程にあります。華子の「貴族」的な生活は、自由に見えて実は不自由であり、美紀の「庶民」の生活は厳しい現実を伴いつつも、自立の可能性を秘めています。この二人の交錯は、単なる恋愛や三角関係の物語ではなく、女性が社会の中で自己実現を模索する過程を象徴しています。特に、幸一郎という男性が両者の人生に影響を与える存在として登場するものの、最終的には女性同士の連帯が物語の希望となっています。この点で、本作はフェミニズムの視点から、女性が男性依存から脱却し、互いを支え合う姿を描いた作品とも言えるでしょう。
山内マリコの文体は、抑制された筆致で感情や情景を丁寧に描写し、読者に登場人物の内面に寄り添うことを可能にします。東京の富裕層の生活が、ホテルのラウンジや高級な日常のディテールを通じて描かれる一方、美紀の生活は現実的で泥臭い側面が強調され、両者のコントラストが際立っています。また、物語の舞台が東京の一等地に限定されている点も、閉鎖的な世界観を効果的に表現しています。読者は、華子と美紀の葛藤を通じて、自身の生き方や社会との関わりを振り返るきっかけを得られるでしょう。
本作は2015年に「小説すばる」で連載され、2016年に集英社から単行本として刊行後、2019年に文庫化されました。2021年には岨手由貴子監督による映画化もされ、門脇麦と水原希子が主演を務め、話題を呼びました。映画は原作の静かなトーンを継承しつつ、視覚的なディテールで階級の違いを表現し、高い評価を受けました。本作は、現代社会の格差や女性の自立をテーマにした文学として、幅広い読者に共感を呼び起こす力を持っています。
基本情報
- タイトル: あのこは貴族
- 著者: 山内マリコ
- 出版社: 集英社(集英社文庫)
- 発売日: 2019年5月17日(文庫版)
- 価格: 825円(税込、文庫版)
- ページ数: 312ページ
- ISBN: 978-4-08-745875-6
- 電子書籍: あり(649円、2020年7月3日発売)
- 内容: 東京生まれの華子と地方出身の美紀、異なる階級の女性二人が、同じ男性をきっかけに交錯する長編小説。結婚をめぐる葛藤と解放を描き、現代日本の格差社会や女性の生き方を浮き彫りにする。解説は雨宮まみが担当。
- 映画化情報: 同名タイトル『あのこは貴族』として2021年2月26日公開。監督・脚本:岨手由貴子、主演:門脇麦(華子)、水原希子(美紀)、高良健吾(幸一郎)。第33回東京国際映画祭でワールドプレミア上映され、第13回TAMA映画賞最優秀作品賞などを受賞。
- おすすめポイント: 階級社会のリアルな描写と女性の自立をテーマにした本作は、現代を生きる女性に響く物語。抑制された文体で描かれる感情の機微と、異なる背景を持つ二人の女性の連帯が感動的。読後には、自分の生き方や社会との関わりを考えるきっかけに。
以上が、山内マリコの『あのこは貴族』の概要、あらすじ、解説、商品紹介です。本作は、現代社会の複雑な構造と女性の葛藤を丁寧に描いた作品として、多くの方に手に取っていただきたい一冊です。
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