2021年公開のオーストラリア映画『ニトラム/NITRAM』は、1996年のポート・アーサー銃乱射事件を基に、犯人マーティン・ブライアントの孤独と精神の崩壊を描く実録クライムドラマ。ケイレブ・ランドリー・ジョーンズが主演でカンヌ男優賞を受賞。ジャスティン・カーゼル監督の緻密な演出が光る。
基本情報
- 邦題:ニトラム/NITRAM
- 原題:Nitram
- 公開年:2021年
- 製作国:オーストラリア
- 上映時間:112分
- ジャンル:スリラー
女優の活躍
『ニトラム/NITRAM』では、ジュディ・デイヴィス(ニトラムの母)とエッシー・デイヴィス(ヘレン)が主要な女性キャラクターを演じ、物語に深みを与えています。ジュディ・デイヴィスは、ニトラムの母親として、息子の異常行動に苛立ちつつも愛情と諦めが入り混じる複雑な感情を表現。彼女の抑えた演技は、家庭内の緊張感を強調し、ニトラムの孤立を際立たせます。特に、ヘレンとの会話で息子の過去の逸話を語るシーンでは、冷淡さと深い悲しみを同時に表現し、観客に強い印象を与えます。
エッシー・デイヴィスは、元女優で引きこもりの裕福な女性ヘレンを演じ、ニトラムとの出会いを通じて彼に一時的な安らぎを提供します。彼女の温かさと脆弱さは、ニトラムの人生における数少ない希望の光を象徴。ヘレンとの関係が悲劇的な結末を迎えるシーンでは、エッシーの繊細な演技がニトラムの精神崩壊の引き金を効果的に描き出します。両女優とも、主人公の心理的背景を補強する重要な役割を果たし、物語の感情的な重みを増しています。
女優の衣装・化粧・髪型
ジュディ・デイヴィスの衣装は、1990年代のオーストラリアの主婦を反映した実用的なデザインで、落ち着いた色調のブラウスやスカートが中心。化粧は控えめで、疲れた表情を強調する薄いファンデーションと淡い口紅を使用。髪型は、短く整えられたボブカットで、日常的な生活感と母親の厳格さを表現しています。これにより、彼女のキャラクターの現実的で抑圧された感情が視覚的に伝わります。
エッシー・デイヴィス演じるヘレンの衣装は、過去の女優としての華やかさを残しつつ、引きこもり生活を反映した独特のスタイルが特徴。ゆったりとした花柄のドレスやカーディガンを着用し、どこか時代遅れな雰囲気を漂わせます。化粧はほとんど施さず、ナチュラルな肌と薄い眉で孤独感を強調。髪型は、緩くウェーブのかかったミディアムヘアで、時折乱れた状態で登場し、彼女の精神的脆さを表現。これらの要素が、ヘレンの風変わりで親しみやすい性格を視覚的に補強しています。
あらすじ
1990年代半ばのオーストラリア、タスマニア島。知的障害を抱える青年ニトラム(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)は、周囲になじめず、名前を逆さにした蔑称「ニトラム」で呼ばれ孤立しています。母(ジュディ・デイヴィス)は彼に普通の人生を望みますが、父(アンソニー・ラパリア)は過保護に接します。サーフボードを買うため芝刈りの仕事を始めたニトラムは、裕福な引きこもり女性ヘレン(エッシー・デイヴィス)と出会い、彼女と親密な関係を築きます。しかし、ヘレンとの関係は悲劇的な事故で終わり、ニトラムは彼女の遺産を相続。父の自殺や社会からの拒絶により孤独が深まる中、銃への執着を強めていきます。やがて、彼は銃を購入し、1996年のポート・アーサーで無差別銃乱射事件を引き起こすに至ります。映画は事件の直接描写を避け、ニトラムの心理的崩壊と社会の無関心を静かに描きます。
解説
『ニトラム/NITRAM』は、1996年のポート・アーサー事件を題材に、単なる犯罪映画を超えた社会問題の考察を提供します。監督ジャスティン・カーゼルと脚本家ショーン・グラントは、犯人マーティン・ブライアントの動機を明確にせず、彼の孤立と精神的不安定さを丁寧に描くことで、銃規制やメンタルヘルスの問題を浮き彫りにします。映画は、ニトラムの行動を「理解」させるのではなく、彼を取り巻く環境—家族、コミュニティ、法律の隙間—がどのように悲劇を許容したかを問います。
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの演技は、ニトラムの内面の混乱と社会的疎外を痛々しく表現し、カンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞。映画はオーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞で8部門を制覇し、国内外で高い評価を受けました。しかし、タスマニアでは事件の記憶が鮮明なため、映画化に対する反発も強く、倫理的な議論を呼び起こしました。カーゼルは、事件をセンセーショナルに扱わず、静謐な演出でリアルな人間ドラマを構築し、観客に深い思索を促します。
キャスト
- ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ(ニトラム/マーティン・ブライアント)…主人公。知的障害と情緒不安定を抱える青年を繊細かつ迫真の演技で体現。カンヌ受賞にふさわしい圧倒的な存在感。
- ジュディ・デイヴィス(ニトラムの母)…息子の問題行動に苛立つ母親役。冷淡さと愛情の間で揺れる複雑な感情を巧みに表現。
- エッシー・デイヴィス(ヘレン)…ニトラムの理解者となる元女優。温かくも脆いキャラクターを繊細に演じ、物語に情感を加える。
- アンソニー・ラパリア(ニトラムの父)…息子を過保護に愛するが、自身の挫折に苦しむ父親。抑えた演技で家庭の悲劇性を強調。
スタッフ
- 監督:ジャスティン・カーゼル…『スノータウン』や『アサシン クリード』で知られるオーストラリアの俊英。実録事件を倫理的に描く手腕が高評価。
- 脚本:ショーン・グラント…カーゼルと長年タッグを組み、ニトラムの心理と社会問題を緻密に構築。銃規制への問題提起を意図。
- 製作:グッド・シング・プロダクションズ…オーストラリアのインディペンデント映画会社。カーゼルのビジョンを忠実に実現。
- 撮影:ジェルマン・マクマッキング…タスマニアの閉鎖的な風景を捉え、ニトラムの孤独を視覚化。抑えた色調で緊張感を演出。
- 音楽:ジェド・カーゼル…監督の兄。ミニマルなスコアで心理的不安を強調し、物語の重みを増す。
総括
『ニトラム/NITRAM』は、単なる犯罪者の肖像を超え、社会の無関心と制度の欠陥を静かに批判する力作です。ジュディ・デイヴィスとエッシー・デイヴィスの演技は、主人公の孤独を際立たせ、衣装や髪型はキャラクターの内面を効果的に反映。カーゼルの演出とジョーンズの演技が融合し、観客に深い問いを投げかけます。
レビュー 作品の感想や女優への思い