松本清張の長編推理小説『ガラスの城』は1962年1月号から1963年6月号まで雑誌『若い女性』に連載された作品。女性社員が社内旅行中の修善寺で起きた殺人事件の謎を追うミステリーで、手記とノートを手がかりに真相を探ります。
エリートコースの販売課長が社員旅行の晩に行方不明となり、やがて惨死体で発見されます。課長殺害で微妙に動揺する社内の空気の中で、執拗に死の謎を追う女子社員です。ガラスの城のような、都心の高層ビルに勤める一流サラリーマンの世界にうずまく、さまざまな欲望と犯罪の構図を鮮烈に描く傑作推理長編です。
出版状況
松本清張の『ガラスの城』は、雑誌『若い女性』に連載されました(1962年1月号から1963年6月号まで)。連載時には挿絵を担当したのは生沢朗。その後、加筆修正を加えて1976年9月に講談社から単行本として刊行されました。装幀は伊藤憲治が手がけました。
文庫版も講談社文庫として1979年に発売され、以後複数回の重版を重ねています。この作品は、松本清張の社会派ミステリーの代表作の一つとして位置づけられ、女性向け雑誌での連載という背景から、女性視点の描写が特徴的です。出版当時の社会背景を反映し、女性の社会進出や企業内の人間関係をテーマに取り入れています。総ページ数は文庫版で約344ページです。
ISBNは文庫版の場合、978-4061315983です。以降の再版では、現代の読者向けに解説が追加される場合もあります。
女性の活躍
『ガラスの城』では、女性キャラクターが物語の中心を担い、積極的に事件の謎を追う姿が描かれています。
特に、二人の女性主人公が手記とノートの形式で語り手となり、社内旅行中の殺人事件を独自に捜査します。これにより、女性の視点から企業内の人間関係や欲望が鮮やかに浮かび上がります。
三上田鶴子は、販売部管理係のOLとして、入社6年目の28歳で、暗めで推理小説好きの性格です。彼女は社員旅行中に杉岡課長の抱擁を目撃し、事件の謎を積極的に探ります。的場郁子は、入社20年のタイピストでお局的存在で、男性社員を軽蔑し、貯蓄に熱心です。
第二部の語り手として、ノートを通じて他者を観察し、事件に関与します。他の女性キャラクターも多岐にわたり、鈴木信子は販売部管理係でT塾大卒の美貌の持ち主です。橋本啓子は販売部計算係で派手な容姿です。和島好子は三上田鶴子より2つ年下の庶務です。浅野由理子は販売部計算係で昨年入社の新人です。富崎玲子は富崎次長の妻で、実家は山梨県大月市。
浅野芳江、三上千鶴、杉岡真寿美、柳沢早苗、池田素子、村瀬百代、野村実奈、杉岡いずみ、浅野絵未子なども登場し、それぞれの立場から物語を支えます。
これらの女性たちは、当時の社会で男性中心の企業文化の中で、独自の視点と行動力で活躍します。女性の活躍は、推理の進行だけでなく、ジェンダーの問題や社会批判を象徴しています。彼女たちの心理描写が細かく、女性読者を意識した連載の影響を感じさせます。全体として、女性が事件解決の鍵を握る点がこの小説の魅力です。
あらすじ
物語は、東亜製鋼株式会社東京支社の販売部第二課に勤める三上田鶴子の手記から始まります。三上田鶴子は28歳のOLで、勤続6年目です。彼女は一流企業に勤めているものの、女性社員は男性の事務補助に過ぎないと感じています。
的場郁子は入社20年のタイピストで、男性社員を軽蔑し、貯蓄に熱心な人物です。社員旅行の回状が回ってきて、修善寺への旅行が決まります。
三上田鶴子は退屈な見物や束縛された行動に不満を抱き、宴席を避けて一人で寺の方へ散策します。そこで、杉岡課長と女性が抱擁している姿を目撃しますが、女性の正体は判別できません。翌朝、杉岡課長の姿がなく、行方不明となります。社内が動揺する中、三上田鶴子は独自に捜査を始めます。
4日後、警察に捜索願が出され、さらに6日後、杉岡課長の他殺体が発見されます。死体は絞殺され、首と両腕が切断された惨状です。三上田鶴子は、事件の夜に目撃した抱擁が鍵だと考え、推理を進めます。一方、的場郁子のノートでは、三上田鶴子を陰気で孤立した人物と評し、社内の人間関係を観察します。
物語は後半、的場郁子の視点に移り、彼女のノートで事件の真相が明らかになります。動機は高校時代の恨みで、杉岡課長と野村次長は同級生でした。杉岡は女好きで、野村の交際相手を自殺に追い込んだ過去があります。富崎次長の妻にも手を出したと知り、野村は計画的に殺害します。
三上田鶴子は、富崎次長の妻が修善寺に来ているという口実で杉岡を旅館から誘い出しました。実際の抱擁は女子社員ではなく、三上田鶴子との立ち話でした。協力者は野村の妹で植木屋に勤務する野村実奈と、造園業の弟です。死体は木の根と共に運ばれました。三上田鶴子は野村との結婚を信じて手記を書かされていましたが、真相を知り震えます。こうして、社内の欲望と犯罪の構図が解明されます。
解説
『ガラスの城』は、松本清張の社会派推理小説の傑作。舞台は東京・日比谷のオフィスビルを「ガラスの城」と形容し、壊れやすい企業社会の象徴としています。この比喩は、華やかな外見の裏に潜む人間の欲望と脆さを示します。修善寺を舞台にしたのは、著者が1954年に訪れた印象から。
小説の形式は、手記とノートの形で語られ、信頼できない語り手手法が用いられています。これにより、読者は視点の変化で真相に近づきます。女性視点が特徴で、連載誌『若い女性』の影響を受け、OLの日常や心理を詳細に描きます。当時の高度経済成長期の企業文化を背景に、女性の社会進出の限界や男性中心のヒエラルキーを批判します。
三上田鶴子と的場郁子の対照的なキャラクターは、女性の多様な生き方を象徴します。三上田鶴子は暗く内省的ですが、推理力で活躍します。的場郁子は貯蓄家で現実的です。これらの描写は、女性の活躍を通じてジェンダー問題を浮き彫りにします。推理要素は、社員旅行中の殺人事件を軸に、過去の恨みや不倫、社内権力争いを絡めます。
ラストの衝撃は、野村次長の過去と三上田鶴子の関与です。社会派として、企業内の腐敗や人間のエゴを鋭く描きます。出版当時の1976年は、女性の労働環境が変化し始めた時代で、この作品はそうした文脈を反映します。
批評では、女性誌連載の平易な文体が評価され、漢字を少なくした点が女性読者を意識した工夫です。全体として、ミステリーの娯楽性と社会批判のバランスが優れています。この小説は、松本清張の作品群の中で、女性主人公の珍しい例です。読後感は、ガラスのような脆さと人間の複雑さを思わせます。
関連情報
『ガラスの城』は、松本清張の他の社会派ミステリーと関連します。例えば、『点と線』や『砂の器』同様、企業や社会の闇を描きます。女性の活躍という点では、松本清張の女性像を探る上で重要です。
適応作品として、テレビドラマ化が複数あります。
1977年のテレビ朝日「土曜ワイド劇場」版『松本清張のガラスの城』では、長山藍子(的場郁子)、三浦真弓(三上田鶴子)、西沢利明(杉岡久一郎)が出演しました。脚本は神波史男、監督は齋藤武市で、視聴率14.2%でした。
2001年のBSジャパン・テレビ東京版『松本清張特別企画 ガラスの城』では、岸本加世子(的場郁子)、洞口依子(三上田鶴子)、菊池隆則(杉岡久一郎)が出演しました。脚本は中岡京平、監督は関本郁夫で、視聴率13.7%でした。
2024年のテレビ朝日開局65周年記念版『ガラスの城』では、波瑠(的場郁子)、木村佳乃(三上田鶴子)、丸山智己(杉岡久一郎)、満島真之介(富崎弥大)、武田真治(野村俊一)、高嶋政伸(伊丹泰次)、片岡愛之助(石原)、片山萌美(橋本啓子)、矢田亜希子(杉岡いずみ)、内藤剛志(富崎玲子の父)が出演しました。脚本は大森美香、監督は樹下直美です。この版では、設定を現代の商社「實友商事」に変更し、社員旅行中の殺人事件を軸に、的場郁子と三上田鶴子の独自捜査を描きます。原作の社会批判を現代的にアレンジしています。
他に、ファミリー劇場版もあります。映画化はされていませんが、ドラマの人気から、松本清張ブームを象徴します。関連書籍として、松本清張全集に収録されます。女性の社会進出をテーマにした点で、現代のジェンダー議論とつながります。



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