『渇き』(原題:박쥐/Thirst)は、2009年公開の韓国映画。パク・チャヌク監督、ソン・ガンホ主演のヴァンパイア映画で、エミール・ゾラの『テレーズ・ラカン』に着想を得た。神父がヴァンパイアとなり、人妻との禁断の愛に堕ちる物語。第62回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞。
基本情報
- 邦題:渇き
- 原題:박쥐
- 英題:Thirst
- 公開年:2009年
- 製作国:韓国
- 上映時間:133分
- ジャンル:ドラマ、ホラー、ファンタジー
女優の活躍
本作で最も注目すべき女優は、テジュ役を演じたキム・オクビン。彼女は本作でパク・チャヌク監督に見出され、22歳という若さで難役に挑戦しました。テジュは、抑圧された人妻からヴァンパイアとして解放される女性という複雑なキャラクターで、キム・オクビンはその変貌を見事に体現。序盤の幸薄く疲れた表情から、後半の妖艶で自由奔放な姿への変化は、彼女の演技力の幅広さを証明しています。特に、テジュがヴァンパイアになってからの血色良い美貌と官能的な動きは観客を魅了し、物語の中心的な推進力となりました。パク・チャヌク監督は、彼女に『ポゼッション』のイザベル・アジャーニを参考にするよう助言し、その影響がテジュの狂気的で情熱的な演技に反映されています。キム・オクビンの演技は、ソン・ガンホとの化学反応とともに、本作のエロティックでカオスな世界観を支える柱となりました。
また、キム・ヘスクが演じるラ夫人も印象的です。ガンウの母として、コミカルでありながら不気味な存在感を放ち、特に目だけで感情を表現するシーンは強烈なインパクトを与えます。彼女の演技は、物語の緊張感とユーモアのバランスを巧みに保ち、脇役ながら重要な役割を果たしました。
女優の衣装・化粧・髪型
キム・オクビンの衣装は、テジュの心理的・肉体的な変化を象徴しています。序盤では、抑圧された生活を反映する地味でシンプルなワンピースやエプロン姿が中心。色調はくすんだグレーやベージュで、彼女の疲弊した精神状態を表現しています。化粧もほぼナチュラルで、薄い眉と青白い肌が幸薄い印象を強調。一方、ヴァンパイアに変貌後は、鮮やかな赤や黒の衣装が登場し、タイトなドレスや動きやすいカジュアルな服が彼女の解放感を表現。化粧は血色の良い頬と濃いアイライン、赤いリップで妖艶さを際立たせ、髪型も序盤の乱雑なまとめ髪から、ゆるやかなウェーブがかかったロングヘアへと変わり、自由で官能的な雰囲気を醸し出します。この変化は、テジュの内面の覚醒を視覚的に強調する重要な要素です。
キム・ヘスクのラ夫人は、伝統的な韓国の家庭の主婦らしい花柄のブラウスやスカートを着用。化粧は控えめだが、物語後半では病的な青白さが強調され、不気味さを増す。髪型は典型的な中高年のパーマヘアで、彼女のコミカルかつ威圧的なキャラクターを補完しています。
あらすじ
神父サンヒョン(ソン・ガンホ)は、謎のウイルス「エマヌエル・ウイルス」のワクチン開発のため、アフリカでの人体実験に志願します。しかし、実験中に輸血された正体不明の血液によりヴァンパイアに変貌。血への渇きに苦悩しながら帰国した彼は、幼なじみガンウ(シン・ハギュン)の妻テジュ(キム・オクビン)と再会します。テジュは夫と姑(キム・ヘスク)に虐げられた生活に疲弊しており、サンヒョンに強く惹かれます。二人は血と情欲に駆られた禁断の関係に堕ち、テジュもヴァンパイアとなります。しかし、テジュの奔放な行動とサンヒョンの良心の葛藤が衝突し、物語は予想外の結末へと突き進みます。
解説
『渇き』は、パク・チャヌク監督の独特な美学とテーマ性が存分に発揮された作品です。エミール・ゾラの『テレーズ・ラカン』を基に、ヴァンパイアというファンタジー要素を導入しつつ、人間の欲望、罪、愛の複雑さを描きます。本作はホラー、ラブストーリー、ダークコメディ、エロティシズムが融合したジャンル横断的な作品で、パク監督の「復讐三部作」(『復讐者に憐れみを』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』)に続く新たな挑戦として評価されています。
ヴァンパイアという設定は、単なるホラー要素ではなく、欲望と倫理の葛藤を象徴する装置として機能。サンヒョンの神父としての信仰と血への渇きの対立、テジュの抑圧からの解放と破壊的衝動は、人間の本性を赤裸々に暴きます。特に、韓国映画特有の生々しい情欲表現や、ユーモアとグロテスクさが混在する演出は、パク・チャヌクの作家性を強く印象づけます。視覚的には、チョン・ジョンフンの撮影による暗く美しい色彩と、官能的なカメラワークが特徴で、夜のシーンや血の描写は詩的かつ衝撃的です。
本作は2009年カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、国際的に高い評価を受けました。しかし、その過激な描写や複雑なテーマ性から、観客の好みが分かれる作品でもあります。パク監督自身が「自分の最高の映画」と語る本作は、彼のクリエイティブな頂点の一つと言えるでしょう。
キャスト
- ソン・ガンホ(サンヒョン):敬虔な神父からヴァンパイアに変貌する主人公。ソン・ガンホの繊細かつ力強い演技が、葛藤と情欲を見事に表現。
- キム・オクビン(テジュ):ガンウの妻で、サンヒョンと禁断の愛に堕ちる女性。変貌ぶりが圧巻。
- シン・ハギュン(ガンウ):サンヒョンの幼なじみでテジュの夫。コミカルかつ哀れな役を好演。
- キム・ヘスク(ラ夫人):ガンウの母。不気味さとユーモアを兼ね備えた存在感。
- オ・ダルス、パク・イナン、ソン・ヨンチャン:脇役として物語を彩る。
スタッフ
- 監督・脚本:パク・チャヌク(『オールド・ボーイ』『お嬢さん』)
- 脚本:チョン・ソギョン
- 撮影:チョン・ジョンフン
- 編集:キム・サンボム、キム・ジェボム
- 音楽:チョ・ヨンウ
- 製作:パク・チャヌク、アン・スヒョン
- 配給:ファントム・フィルム(日本)
総括
『渇き』は、パク・チャヌクの独創性とキム・オクビンの鮮烈な演技が光る、韓国映画の傑作です。ヴァンパイアという枠を超え、人間の欲望と倫理を掘り下げる本作は、観客に強烈な印象を残します。官能的でカオスな世界観を堪能したい方におすすめです。
レビュー 作品の感想や女優への思い