『アイム・ユア・ウーマン』は1970年代のアメリカを舞台に、犯罪組織に属する夫が忽然と姿を消した主婦ジャンが、突然預けられた赤ん坊を抱えて逃亡生活を送るクライム・ドラマ。孤独と恐怖の中で、ジャンは次第に自立の道を歩み、銃を手に強さを身につけていきます。主人公を演じるレイチェル・ブロズナハンの繊細で力強い演技が光り、女性の視点から描かれるノワール調のサスペンスが新鮮。監督のジュリア・ハートは、伝統的な犯罪映画の男性中心の視点を逆手に取り、母性と成長のテーマを深く掘り下げています。
基本情報
- 邦題:アイム・ユア・ウーマン
- 原題:I’m Your Woman
- 公開年:2020年
- 製作国・地域:アメリカ
- 上映時間:120分
- ジャンル:クライム
女優の活躍
本作の中心を担うのは、レイチェル・ブロズナハン演じるジャンです。彼女は『アワーズ・ヒーローズ』や『マーベラス・ミセス・メイゼル』で知られる若手実力派女優で、本作では犯罪映画の「モール」(犯罪者の妻)というステレオタイプを鮮やかに崩しています。ジャンは物語冒頭、夫の不在に慣れた孤独な主婦として描かれ、赤ん坊の世話に戸惑いながらも、徐々に銃を手に戦う女性へと変貌します。ブロスナハンは、この繊細な心理描写を卓越した演技力で体現し、静かな恐怖や決意の瞬間を微妙な表情とボディランゲージで表現します。
特に、逃亡生活での孤独なシーンでは、彼女の視線やため息がジャンの内面的葛藤を深く伝え、観客を引き込みます。銃撃戦のクライマックスでは、経験不足ゆえの震える手つきから、覚悟を決めた後の力強い動作への移行が、成長の軌跡を象徴します。監督のジュリア・ハートは、ブロスナハンの即興性を活かし、自然な対話を引き出しました。彼女の演技は批評家から絶賛され、ロジャー・イーバート批評では「経験不足だが機転の利くジャンを、ブロスナハンが生き生きと演じ、ジャンルの新鮮な視点を提供している」と評価されています。また、マーシャ・ステファニー・ブレイク演じるテリーとの共演も見事で、二人の女性が互いの過去を共有するシーンでは、ブロスナハンの共感力豊かな表情が、友情の深みを加えています。ブロスナハンはプロデューサーとしても参加し、女性中心の物語作りに貢献しました。彼女の活躍は、本作を単なるサスペンスから、女性のエンパワーメントの物語へと昇華させています。
女優の衣装・化粧・髪型
本作の視覚的な魅力の一つは、1970年代のレトロなスタイルを基調とした衣装、化粧、髪型です。特に主人公ジャン役のレイチェル・ブロズナハンの変身が印象的で、コスチュームデザイナーのナタリー・オーブライエンは、ジャンの内面的成長を服装の変化で表現しています。物語冒頭のジャンは、贅沢で華やかな主婦として登場します。鮮やかなマゼンタ色のローブやピンクのナイトガウン、黄色のスーツをまとい、オーバーサイズのサングラスをアクセントに、完璧な「トロフィーワイフ」のイメージを体現します。これらの衣装は、タグ付きの新品のように見えるほど豪華で、彼女の夫依存の生活を象徴しています。髪型は長いブロンドのストレートヘアで、1970年代のブレックガールのような輝くウェーブがかかり、化粧は大胆なアイラインと赤いリップが特徴的です。このスタイルは、ジャンの外見へのこだわりと、内面的な空虚さを強調します。
逃亡生活に入ると、衣装は実用的で控えめなものへシフトします。ダークカラーのセーターやジーンズ、フランネルシャツが中心となり、動きやすさを優先したレイヤードスタイルが採用されます。ディスコシーンでは例外的に、派手なスパークルドレスで周囲に溶け込みますが、これも一時的な「変装」として機能します。髪型は乱れを残し、ブロンドのロングヘアが風雨にさらされて自然なウェーブを生み、化粧は薄くなり、素顔に近い状態がジャンの脆弱さと強靭さを表します。オーブライエンはインタビューで、「ジャンの衣装は1950-60年代の要素をミックスし、時代を超えたタイムレスさを狙いました。赤ん坊を抱くシーンでは、機能性を考慮し、ブロスナハンの腕の負担を軽減するデザインにしました」と語っています。ブロスナハン自身も、「髪、メイク、衣装の変化が歩き方や話し方を変え、役に入り込みやすかった」と振り返っています。この変遷は視覚的に魅力的で、ジャンの旅路を象徴的に支えています。他の女優たちも、テリーのエスニックなプリントドレスやエヴリンのシックなワンピースが、キャラクターの背景を豊かに彩ります。
あらすじ
物語は1970年代後半のピッツバーグを舞台に、主人公のジャン(レイチェル・ブロズナハン)の日常から始まります。ジャンは犯罪組織の仕事で多忙な夫エディ(ビル・ヘック)と暮らす主婦で、子供を持てないことに静かな諦めを抱いています。ある日、エディが突然赤ん坊のハリーを連れて帰ってきて、ジャンは母親役を任されます。しかし、数日後、エディのビジネスパートナーのジミー(ジェームズ・マクメナミン)が夜中に現れ、ジャンに現金満載のバッグを渡し、逃亡するよう命じます。エディが失踪し、組織内の裏切りが原因で追われる身となったのです。
ジミーの指示で、ジャンとハリーはエディの元同僚であるカル(アリンゼ・ケネ)に引き渡されます。カルはジャンを郊外の空き家に匿い、誰とも連絡を取らずに隠れるよう厳命します。ジャンは孤独に苛まれ、近所の未亡人エヴリン(マルセリン・ユゴ)と親しくなりますが、それが仇となり、家に侵入者が現れます。エヴリンの家に逃げ込んだジャンは、エディの元仲間たちに捕らえられそうになりますが、カルが駆けつけ、侵入者たちを射殺して救出します。エヴリンの死を目の当たりにしたジャンは、自身の無謀さを痛感します。
カルはジャンをさらに僻地の小屋に移し、エディが組織のボス、マーヴィンを殺害したことが原因で、街全体が抗争状態にあることを明かします。そこにカルのかつての恋人テリー(マーシャ・ステファニー・ブレイク)と息子のポール、カルのおじいさんアート(フランキー・フェイソン)が加わり、一時的な家族のような生活が始まります。アートから銃の使い方を教わり、ジャンは徐々に強さを身につけます。テリーはエディの元妻で、虐待に耐えかねて逃げ出した過去を語り、ジャンに共感を示します。
カルが危険にさらされていると知ったジャンとテリーは、街に戻って彼を助け出そうと決意します。ナイトクラブで連絡を取ろうとするものの銃撃戦に巻き込まれ、離れ離れになります。ジャンはテリーを探し当て、ポールがエディの実子であることを知ります。テリーとカルはエディの下で働いていた頃に出会い、普通の生活を望んでいたのです。再会した3人は街を脱出しようとしますが、ライバル組織のボス、マイクに阻まれます。テリーの車がクラッシュし、マイクに捕らわれたジャンは、テリーから渡された拳銃でマイクを射殺します。
事故現場に戻ったジャンはテリーとカルを救出し、小屋へ帰りますが、アートは侵入者を倒した末に息絶えていました。ポールがハリーを抱く姿を見て、ジャンは家族の絆を実感します。皆で車に乗り込み、新たな人生を求めて去っていきます。この逃亡劇は、ジャンの内面的成長を丁寧に描き、クライム映画の枠を超えた人間ドラマとして締めくくられます。
解説
『アイム・ユア・ウーマン』は、伝統的な犯罪映画のジェンダー規範を逆手に取った革新的な作品です。監督のジュリア・ハートは、『ゴッドファーザー』のようなクラシックなマフィア映画で描かれる「妻の影の存在」を主役に据え、女性の視点からノワール・スリラーを再構築します。主人公ジャンは、夫の犯罪世界の「付属品」から、主体的に生きる女性へ成長する過程を通じて、母性、孤独、自己発見のテーマを探求します。ハートと共同脚本のジョーダン・ホロウィッツは、1970年代のピッツバーグを舞台に、当時の社会的変動—女性解放運動や人種問題—を背景に織り交ぜ、単なるエスケープ・スリラーに留めません。
視覚的には、オレンジがかったシネマトグラフィー(撮影:ブライス・フォートナー)とアスカ・マツミヤのメランコリックなサウンドトラックが、時代感を高めます。鮮やかな壁紙やアースカラーのインテリア、Aretha FranklinやBobbie Gentryの針落としが、ノスタルジックな雰囲気を醸成しつつ、緊張感を増幅します。批評家からは、Rotten Tomatoesで82%の支持を集め、「ブロスナハンのパワフルな演技が、監督の洗練された演出と融合し、ジャンルをアップデートした」と評価されています。ロジャー・イーバートは、「女性の強さを身体性ではなく、内面的誠実さで描き、フェミニズムの罠を避けている」と指摘します。また、人種的多様性も注目され、黒人キャラクターのテリーとカルが、組織内の複雑な関係性を描くことで、白人中心の犯罪映画の限界を克服しています。
本作の深みは、ジャンの「普通の生活」への渇望にあります。赤ん坊ハリーの存在は、母性の喜びと負担をリアルに描き、逃亡劇を家族ドラマに昇華させます。ハートはインタビューで、「犯罪ジャンルに女性の声を注入し、未開拓の視点を加えたかった」と述べています。このアプローチは、『ウィドウズ』のような現代作品とも共鳴し、女性監督の台頭を象徴します。全体として、娯楽性と洞察を両立させた秀作で、観客に「自分ならどうする?」と問いかけます。2020年のAmazon Prime Video配信後、ストリーミング時代に適した親密な物語として、再評価されています。
キャスト
- レイチェル・ブロズナハン:ジャン役
- アリンゼ・ケネ:カル役
- マーシャ・ステファニー・ブレイク:テリー役
- ビル・ヘック:エディ役
- フランキー・フェイソン:アート役
- マルセリン・ユゴ:エヴリン役
- ジェームズ・マクメナミン:ジミー役
- ジェイミソン・チャールズ / ジャスティン・チャールズ:ハリー(双子)役
- レノックス・シムズ:ポール役
スタッフ
- 監督:ジュリア・ハート
- 脚本:ジュリア・ハート、ジョーダン・ホロウィッツ
- 製作総指揮:ジョーダン・ホロウィッツ、レイチェル・ブロズナハン、他
- 撮影:ブライス・フォートナー
- 編集:トレイシー・ワドモア・スミス、シャヤール・バンサリ
- 音楽:アスカ・マツミヤ
- 衣装デザイン:ナタリー・オーブライエン
- メイクアップ:シャロン・マーティン
- ヘアスタイリスト:シャロン・マーティン
- プロダクションデザイナー:スザンナ・フォレイ
- 製作会社:オリジナル・ヘッドクォーターズ、ビッグ・インディー・ピクチャーズ、スクラップ・ペーパー・ピクチャーズ
- 配給:Amazon Studios
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