[PR]@COSME ベストコスメアワード2025

晩清碎影 約翰・湯姆遜眼中的中国(写真集)

商品紹介や「見どころ」にPR表現を含みます。

ジョン・トムソンの写真集:晩清碎影

2013年、夫と雲南民族博物館(中華人民共和国雲南省)の本屋でこのジョン・トムソンの「晩清砕影」を見つけました。私はこの表紙の女の子におすすめして、どうしてもこの本を欲しかったのです。ここは市内の本屋には滅多に置いてない大型図鑑や写真集などが多いです。どれも捨てがたい貴重な資料ばかりです。

満族新娘 (満州族の新婦)

満族新娘(A Nanchu Bride) 北京, 1871-1872年, 88×85cm.

表紙にもなっているこの写真「満族新娘」(A Nanchu Bride)は一番のお気に入りです。

トムソンは華やかな盛装を身に付ける満族の新婦たちの写真をたくさん撮りました。しかし彼はこの新婦たちの未来について、けして楽観的ではありませんでした。

奴隷制と比べ、お金持ちの子供は貧しい家の子供より早く結婚します。しかし満族の少女は14歳にならないと結婚することはできません。一般的に「媒婆」*を使って結婚の段取りをしてもらいますが、お嫁さんになるには四つの条件を満たさなければなりません。*媒婆とは縁談の取り持ちを職業とする婦女。

  1. 温和であること。
  2. 上品で物静かであること。
  3. 働きものであること。
  4. 容姿端麗であること。

新婦の華やかな盛装と比べ、彼女たちの憂うつな眼差しはカメラマントムソンの心境を表しているのかも知れません。

女仆(下女)

女仆(A Cantonese Lady) 広東広州, 1869-1871年, 41×40.5cm.

「女仆」とは清末から中華人民共和国成立以前のいわゆる旧社会の言葉で、下女・女中。彼女は下女でありながら、身なりがきちんとしていて、髪型もきっちり整えています。大袖のゆったりした旗袍を着ています。両耳にピアス、そして両腕には翡翠の腕輪をはめています。
ただぼんやりした悲しみの眼差しからは、逆らえない運命に心の中で声なき抗争をしていることが聞こえてきます。
她身为仆人,但衣着整洁,发髻梳理得一丝不苟,佩戴耳环,两个手腕上还带着玉镯。只是淡淡忧伤的眼神流露出她对命运的无声抗争。

ジョン・トムソン John Thomson

ジョン・トムソン(John Thomson, 1837-1921年)は、スコットランド出身の写真家。写真の技術が急速に進歩しつつあった1870年ごろに清朝治下の各地を訪れ、生動感あふれる写真を残しました。特に、大判の豪華四巻本『Illustrations of China and Its People』(London,1873-1874)は、その説明文とあいまって貴重な史料となっています。
本書をアマゾンで購入する

写真集『晩清碎影 約翰・湯姆遜眼中的中国』

  • 書名:晩清碎影 約翰・湯姆遜眼中的中国
  • 編集:中華世紀壇世界芸術館
  • 出版社:中国摂影出版社
  • 出版年:2009年

本書は、スコットランド出身の写真家ジョン・トムソンが、19世紀後半に清朝末期の中国を旅して撮影した200枚の写真を集めた写真集です。香港から北京まで、中国各地の風景、人々、文化、社会風俗を詳細に記録し、当時の中国の多様な側面を伝えます。2009年に中国摄影出版社から出版され、歴史的資料として貴重です。

目次

本書の目次は、原著『Illustrations of China and Its People』の構造に基づき、4巻に分かれています。各巻は特定の地域やテーマに焦点を当て、写真と説明文で構成されます。以下に主な内容を示します。

第1巻:香港と広東地域

  • プレート1:香港のヴィクトリアシティ
  • プレート2:香港の港
  • プレート3:広東の街路
  • プレート4:広東の商人
  • プレート5:広東の女性たち
  • プレート6:広東の寺院
  • プレート7:広東の河川風景
  • プレート8:広東の市場
  • プレート9:広東の役人
  • プレート10:広東の家族
  • プレート11:香港の中国風建築
  • プレート12:香港の商人階級
  • プレート13:香港の街頭風景
  • プレート14:広東の祭り
  • プレート15:広東の農民

第2巻:厦門、福州、台湾地域

  • プレート1:厦門の港
  • プレート2:厦門の街並み
  • プレート3:福州の寺院
  • プレート4:福州の橋
  • プレート5:台湾の風景
  • プレート6:台湾の先住民
  • プレート7:福州の茶園
  • プレート8:厦門の漁民
  • プレート9:福州の女性
  • プレート10:台湾の市場
  • プレート11:厦門の寺社
  • プレート12:福州の役人
  • プレート13:台湾の村落
  • プレート14:厦門の商人
  • プレート15:福州の河川

第3巻:上海、南京、長江地域

  • プレート1:上海の租界
  • プレート2:上海の街路
  • プレート3:南京の城壁
  • プレート4:南京の寺院
  • プレート5:長江の風景
  • プレート6:上海の商人
  • プレート7:南京の役人
  • プレート8:上海の女性
  • プレート9:長江の船
  • プレート10:南京の市場
  • プレート11:上海の寺社
  • プレート12:長江の村落
  • プレート13:南京の風景
  • プレート14:上海の港
  • プレート15:長江の漁業

第4巻:北京、天津、北部地域

  • プレート1:北京の紫禁城
  • プレート2:北京の街並み
  • プレート3:天津の港
  • プレート4:北京の宮廷人
  • プレート5:天津の市場
  • プレート6:北京の満族女性
  • プレート7:天津の寺院
  • プレート8:北京の商人
  • プレート9:天津の街路
  • プレート10:北京の祭り
  • プレート11:天津の役人
  • プレート12:北京の風景
  • プレート13:天津の女性
  • プレート14:北京の万里の長城
  • プレート15:北部地域の農民

各プレートには、写真とともにトムソンの記述文が付され、中国の場所や人々を詳しく説明しています。全体として、中国の多様な地域を網羅します。

解説

本書『晩清碎影:約翰・湯姆遜眼中的中国』は、ジョン・トムソンが清朝末期の中国を撮影した写真を基にした写真集です。トムソンは1837年にスコットランドのエディンバラで生まれ、1921年に没しました。彼は写真の先駆者として知られ、1860年代から1870年代にかけてアジア各地を旅しました。特に中国では、1868年に香港に到着し、1872年まで約6500キロメートルを移動しながら撮影を続けました。この時期は、写真技術が急速に発展していた時代で、トムソンは湿板写真法を用いて、大型のカメラと暗室設備を携行していました。

本書の原著は1873年から1874年にロンドンで出版された『Illustrations of China and Its People:A Series of Two Hundred Photographs, with Letterpress Descriptive of the Places and People Represented』で、4巻本です。中国語版である本書は、2009年に中華世紀壇世界芸術館の編集により、中国摄影出版社から発行されました。ISBNは9787802363328です。この写真集は、単なる風景写真ではなく、中国の人々、社会、風俗、文化を多角的に捉えています。例えば、満族の新婦の写真では、華やかな衣装と対照的な憂うつな表情が、当時の女性の社会的地位を物語ります。また、広東の女仆の写真では、身なりの整った下女の悲しげな眼差しが、階級社会の厳しさを示します。

トムソンの撮影は、香港から始まり、広州、澳門、汕頭、潮州、厦門、◇江、台湾、上海、天津、北京と広がりました。彼は王族や貴族、商人、農民、女性、子供など、さまざまな階層の人々を撮影しました。これらの写真は、欧米人に中国の現実を伝える初めての視覚資料となり、オリエンタリズムの文脈で議論されることもあります。しかし、トムソンのアプローチは比較的客観的で、現地の文化を尊重した記述が見られます。例えば、北京の満族新婦について、彼は結婚の条件として温和さ、上品さ、勤勉さ、容姿を挙げ、伝統的な価値観を説明しています。

本書の価値は、歴史的記録として大きいです。清朝末期は、アヘン戦争後の動乱期で、外国人の中国内陸部へのアクセスが制限されていました。トムソンは外交的つながりを活用して入国し、貴重な画像を残しました。これらの写真は、現代の研究者にとって、清朝の服装、建築、日常生活を理解する重要なソースです。また、写真の質が高く、細部まで鮮明に描かれています。解説文はトムソンの手によるもので、各写真の背景を詳述し、読者の理解を深めます。

中国語版の特徴は、原著の写真を忠実に再現しつつ、中国側の視点から編集されている点です。中華世紀壇世界芸術館は、芸術と歴史の保存を目的とした機関で、この出版により、中国国内での認知を高めました。本書は大判で、写真の迫力を伝えています。全体として、19世紀の中国を立体的に再現し、読者にタイムトラベルのような体験を提供します。

関連情報

ジョン・トムソンの生涯と業績について、さらに詳しく触れます。トムソンは、写真家としてだけでなく、地理学者としても活躍しました。1862年にシンガポールに移住し、アジアでの撮影を開始しました。中国以前には、カンボジアのアンコールワットやタイを訪れ、写真を出版しています。中国旅行後、1872年にイギリスに戻り、王立地理学会のフェローとなりました。晩年はロンドンで写真スタジオを経営し、王族のポートレートも手がけました。彼の作品は、ウェルカム・コレクションやロンドン大学に所蔵され、デジタル化が進んでいます。

関連する他の作品として、『Street Life in London』(1877年)があります。これはロンドンの貧困層を撮影したもので、社会派写真の先駆けです。中国関連では、『Through China with a Camera』(1898年)も重要で、旅行記形式です。これらの本は、トムソンのドキュメンタリー志向を示します。また、類似の写真家として、フェリーチェ・ベアト(Felice Beato)が挙げられます。ベアトはアヘン戦争やインドの反乱を撮影し、中国でも活動しました。トムソンの写真はベアトより人々中心で、文化的深みがあります。

清朝末期の歴史的背景を考えると、本書の撮影時期は第二次アヘン戦争(1856-1860年)後です。この戦争で清朝は敗北し、天津条約により外国人の旅行が許可されました。トムソンはこの機会を活かしました。当時の中国は、太平天国の乱(1850-1864年)で荒廃し、近代化の兆しが見え始めていました。写真には、そんな変革期の痕跡が映ります。例えば、上海の租界写真は、欧米の影響を示します。また、北京の紫禁城や万里の長城は、伝統的な中国の象徴です。

本書の影響は、現代の写真史や中国研究に及びます。マサチューセッツ工科大学のVisualizing Culturesプロジェクトでは、トムソンの写真をオンラインで公開し、教育的活用を促進しています。イエール大学のBeinecke Libraryも全巻をデジタル化しています。これにより、世界中の研究者がアクセス可能です。中国国内では、晩清写真の展覧会で本書の画像が使用され、国民の歴史意識を高めます。

さらに、関連する文化的な側面として、清朝の服装文化を挙げます。満族の旗袍や男性の長袍馬褂が写真に登場し、当時のファッションを伝えます。女性の足纏(纏足)も一部で描かれ、社会問題を浮き彫りにします。経済的には、茶貿易や絹産業が福州や広州の写真で示されます。これらは、19世紀のグローバル化を反映します。

トムソンの撮影技法も興味深いです。湿板法は露出時間が長く、被写体の静止を要求しました。そのため、ポートレートはフォーマルです。彼は現地のアシスタントを雇い、文化的な障壁を克服しました。結果として、写真は自然で生々しいです。

最後に、本書は写真集としてだけでなく、旅行文学としても価値があります。トムソンの記述は、観察力に富み、中国の多様性を強調します。例えば、満族と漢族の違いを指摘し、民族的調和を論じます。この視点は、現代の多文化理解に寄与します。全体として、本書は清朝末期の中国を永遠に残す遺産です。

本書をアマゾンで購入する

コメント 雑学・感想など