『ベロニカ・フォスのあこがれ』（1982年、原題：Die Sehnsucht der Veronika Voss）は、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督のドイツ映画。戦後ドイツを舞台に、落ちぶれた女優の悲劇を描く。ロザリンデ・ヤンケの迫真の演技が光る。BRD三部作の最終作で、ベルリン映画祭金熊賞受賞。
基本情報
- 邦題：ベロニカ・フォスのあこがれ
- 原題：DIE SEHNSUCHT DER VERONIKA VOSS
- 公開年：1982年
- 製作国：独国
- 上映時間：115分
- ジャンル：ドラマ
女優の活躍
本作では主役のベロニカ・フォスを演じたロザリンデ・ヤンケが物語の中心です。ヤンケの演技は、ベロニカの華やかな過去と悲惨な現在を鮮烈に描き出し、批評家から絶賛されました。彼女は、かつてのスター女優の気品と薬物依存症による脆さを巧みに表現。特に、映画館で自分の過去の出演作を観るシーンでは、ノスタルジーと絶望が交錯する微妙な表情で観客を魅了します。ヤンケはファスビンダーの常連俳優であり、『エフィ・ブリースト』（1974年）や『ベルリン・アレクサンダー広場』（1980年）でも共演。彼女の抑制された演技は、ファスビンダーのメロドラマ的スタイルに完璧に適合し、ベロニカの内面的崩壊をリアルに伝えました。この役でヤンケは、ドイツ映画賞最優秀女優賞にノミネートされ、国際的な注目を集めました。彼女の演技は、戦後ドイツの「忘れられたスター」の悲哀を体現し、映画のテーマである虚栄と搾取を強調しました。
女優の衣装・化粧・髪型
ベロニカ・フォスの衣装、メイクアップ、ヘアスタイルは、彼女の過去の栄光と現在の堕落を視覚的に表現する重要な要素です。衣装デザイナー、バルバラ・バウムは、1950年代のグラマラスなハリウッド風スタイルと、ベロニカの困窮した現状を対比させました。映画の冒頭、ベロニカは豪華な毛皮のコートやシルクのドレスをまとい、かつてのスターのオーラを漂わせます。しかし、物語が進むにつれ、彼女の衣装はしわくちゃでみすぼらしいものに変わり、薬物依存症による荒廃を象徴。たとえば、薄汚れたブラウスや乱れたスカートが、彼女の経済的・精神的破綻を強調します。
メイクアップは、ベロニカの二面性を強調。初期のシーンでは、濃い口紅、整ったアイライナー、輝くチークで、往年の美貌を再現。しかし、依存が進むにつれ、青白い顔色や汗ばんだ肌、乱れたメイクが彼女の衰えを際立たせます。ヘアスタイルも同様で、初期はブロンドの髪をエレガントなアップスタイルやソフトなウェーブで整え、1940年代の映画スター（マレーネ・ディートリヒを彷彿とさせる）を思わせますが、後半では髪が乱れ、ピンで適当にまとめられた姿が登場。ヤンケの自然な美しさと相まって、これらのビジュアルはベロニカの悲劇的な転落を強烈に印象づけました。ファスビンダーは、モノクロ撮影を採用することで、こうしたビジュアルのコントラストをさらに強調し、ノワール映画の雰囲気を高めています。
あらすじ
1955年の西ドイツ、ミュンヘン。かつての映画スター、ベロニカ・フォス（ロザリンデ・ヤンケ）は、ナチス時代に名声を得たが、戦後は薬物依存症と経済的困窮に苦しんでいます。ある日、スポーツ記者のロベルト・クローン（ヒルマー・ターテ）と偶然出会い、彼の優しさに惹かれて関係を深めます。しかし、ベロニカは怪しげな神経科医マリアンネ・カッツ（アンネマリー・デューリンガー）によるモルヒネ依存の罠に囚われ、財産と自由を奪われています。ロベルトは彼女を救おうと真相を追いますが、カッツ医師とその背後のネットワークの冷酷さに直面。ベロニカの過去の栄光と現在の孤独が交錯する中、物語は彼女の破滅的な運命を辿り、戦後社会の虚飾と搾取を浮き彫りにします。
解説
『ベロニカ・フォスのあこがれ』は、ファスビンダーの「BRD（西ドイツ）三部作」（『マリア・ブラウンの結婚』『ローラ』に続く）の最終作で、戦後西ドイツの「経済の奇跡」の裏に潜む虚飾と搾取を描きます。物語は、ナチス時代に活躍した実在の女優ジビル・シュミッツの人生に着想を得ており、戦後の忘却と社会の無関心を批判。ベロニカの薬物依存症と搾取は、戦後社会の物質的繁栄が個人の精神的破壊を隠蔽する様子を象徴します。ファスビンダーは、ハリウッドのメロドラマ（特にビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』）やフィルム・ノワールに影響を受け、モノクロの映像美で過去と現在の断絶を表現。光と影のコントラストが、ベロニカの内面の闇を強調します。
音楽はペール・ラーベンのミニマルなスコアで、緊張感と哀愁を醸し出し、ベロニカの孤独を際立たせます。映画は、個人と社会の断絶、過去の栄光への執着、そして搾取の構造を掘り下げ、フェミニズム的視点からも注目されました。ベロニカは自立した女性ではなく、外部の力（医師や社会）に操られる存在として描かれ、マリア・ブラウンとは対照的な女性像を提示。1982年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞し、ファスビンダーの死（同年6月）の直前に公開された本作は、彼の遺作の一つとして映画史に刻まれました。
キャスト
- ロザリンデ・ヤンケ（ベロニカ・フォス）：落ちぶれた映画スター。迫真の演技で悲劇のヒロインを体現。
- ヒルマー・ターテ（ロベルト・クローン）：スポーツ記者。ベロニカを救おうとするが無力。
- アンネマリー・デューリンガー（マリアンネ・カッツ）：冷酷な神経科医。ベロニカを搾取する。
- アーミン・ミューラー＝シュタール（マックス）：ベロニカの元夫で脚本家。過去の栄光を知る人物。
- ドリス・シューデ（フラウ・アイケス）：カッツ医師の共謀者。
- エリック・シューマン（薬剤師）：搾取に加担する脇役。
ファスビンダーの常連俳優が揃い、ヤンケを中心にアンサンブルが物語の暗さを支えました。
スタッフ
- 監督・脚本：ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。BRD三部作の集大成。ノワールとメロドラマを融合。
- 原案：ピーア・フローーリヒ、ペーター・メルテスハイマー。
- 撮影：クサヴァー・シュヴァルツェンベルガー。モノクロの映像美でノワール的雰囲気を構築。
- 音楽：ペール・ラーベン。ミニマルで哀愁漂うスコア。
- 編集：ユリアーネ・ローレンツ。ファスビンダーの信頼厚い編集者。
- 衣装デザイン：バルバラ・バウム。ベロニカの栄光と没落を衣装で表現。
- 製作：トーマス・シューリー、ホルスト・ヴェントラント。
スタッフはファスビンダーの長年の協力者で、彼のビジョンを具現化。シュヴァルツェンベルガーの撮影は特に高く評価されました。
総括
『ベロニカ・フォスのあこがれ』は、戦後西ドイツの虚飾と個人の破滅を描いたファスビンダーの傑作です。ロザリンデ・ヤンケの迫真の演技は、ベロニカの悲劇を鮮烈に伝え、衣装とメイクがその転落を視覚化。モノクロの映像美とノワール的要素が、物語の暗さを強調します。BRD三部作の締めくくりとして、戦後社会の矛盾を鋭く批判し、映画史に残る名作となりました。
レビュー 作品の感想や女優への思い