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売春防止法の歴史

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制定の背景

売春防止法は、日本国における売春を防止するための法律です。この法律の制定には、長い歴史的な背景があります。日本では、江戸時代から遊廓を中心とした公娼制度が存在していましたが、1872年の芸娼妓解放令により、公娼制度の廃止が試みられました。しかし、実効性が乏しく、1900年に娼妓取締規則が制定され、公娼制度を認める形で規制が進められました。1908年には、非公認の売淫が取り締まられるようになりました。

第二次世界大戦後、GHQの影響で1946年に娼妓取締規則が廃止され、1947年に婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令が出されました。これにより、公娼制度は名目的に廃止されましたが、赤線地帯では事実上の売春が存続していました。戦後の風紀の乱れを防ぐため、全国的な売春禁止法の必要性が議論されるようになりました。婦人団体による売春禁止法制定運動が活発化し、数度の法案提出が行われました。

1948年に売春等処罰法案が提出されましたが、廃案となりました。1953年から1955年にかけて、神近市子などの女性議員による議員立法が繰り返し提出されましたが、いずれも廃案となりました。1955年の最高裁判所判決で、酌婦業務を前提とした前借金契約が公序良俗に反するとされ、売春を容認しない社会風潮が高まりました。1956年の参議院選挙を前に、自由民主党が女性票獲得のために売春対策審議会の答申を容れ、法案成立に賛同しました。

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施行と内容

売春防止法(昭和31年法律第118号)は、1956年5月21日に成立し、5月24日に公布されました。施行は1957年4月1日からで、罰則の適用は1年間の猶予期間を設け、1958年4月1日から開始されました。

この法律は、売春を助長する行為を処罰し、売春を行うおそれのある女性に対する補導処分および保護更生の措置を講じることを目的としています。売春自体は処罰されませんが、勧誘、場所提供、客引きなどの行為が罰則の対象となります。

施行に伴い、1958年に赤線地帯が廃止されました。この法律の施行は、婦人団体によるねばり強い運動の結果であり、当時の社会問題を反映したものです。

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改正の歴史

1958年3月に売春防止法の一部改正が行われ、売春の勧誘等の罪を犯した女子に対する補導処分の規定が設けられました。これに伴い、婦人補導院法が施行されました。施行後、赤線業者による法の撤回運動がありましたが、1957年の売春汚職事件により阻止されました。

小笠原諸島では1968年の本土復帰に伴い適用が開始され、沖縄県では1970年に独自の売春防止法が制定され、1972年の本土復帰により本土法が適用されました。

最近の改正として、2022年5月25日に公布された困難な問題を抱える女性への支援に関する法律により、売春防止法が改正されました。これにより、補導処分が廃止され、婦人補導院法が廃止されました。この改正は2024年4月1日から施行されています。主務官庁は法務省から厚生労働省に移管されました。

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社会的な文脈と影響

売春防止法は、売春を「人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすもの」と位置づけています。しかし、運用実態では、売春婦に対する補導が主で、買春者への処罰が不十分であるとの批判があります。戦後から1950年代にかけての経済白書が「もはや戦後ではない」とした時期に制定されたこの法律は、女性の保護と社会の風紀維持を目的としていますが、ジェンダー問題や父権制の観点から議論されています。

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重要な年表

  • 1872年:芸娼妓解放令により公娼制度廃止試み。
  • 1900年:娼妓取締規則制定。
  • 1946年:娼妓取締規則廃止。
  • 1947年:婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令。
  • 1948年:売春等処罰法案提出、廃案。
  • 1953-1955年:議員立法複数回提出、廃案。
  • 1955年:最高裁判所で前借金契約無効判決。
  • 1956年:売春防止法成立・公布。
  • 1957年:施行開始、罰則猶予。
  • 1958年:罰則施行、赤線廃止。一部改正で補導処分規定。
  • 1968年:小笠原諸島適用開始。
  • 1970年:沖縄売春防止法制定。
  • 1972年:沖縄本土復帰。
  • 2022年:改正公布(補導処分廃止)。
  • 2024年:改正施行。

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