『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社新書)は、著者・奥田祥子によるルポルタージュ形式の書籍。本書は、安倍政権下で推進された「女性活躍」政策のスローガンがもたらす現実的な影響を、男女のさまざまな立場の人々に焦点を当てて描いている。
女性たちは「産め、働け、輝け」という三重のプレッシャーにさらされ、管理職昇進を拒む葛藤、非正規雇用のなかでやりがいを求める生き方、専業主婦としての敗北感などに苦しむ姿が詳細に取材されている。
一方で、男性たちも女性優遇政策による逆差別感や、妻の活躍がもたらすプレッシャーに悩む様子が描かれ、ジェンダー問題を男女共通の社会課題として捉えている。
著者は新聞記者としての長年の経験を活かし、一人ひとりの人生を最長15年にわたって定点観測的に追跡し、時代ごとの生き方トレンドに翻弄される人々の本音を掬い上げている。
本書は、単なる政策批判ではなく、多様な価値観を尊重し、内発的な動機づけに基づく社会のあり方を提案する内容となっており、2018年の刊行以降、ジェンダー論や労働政策の議論でしばしば参照される一冊である。女性活躍の理想と現実のギャップを浮き彫りにし、読者に自身の働き方や生き方を再考させる力を持っている。
全体として、女性活躍推進法の成立(2015年)以降の社会変化を背景に、個人の葛藤を通じてマクロな社会構造の問題を指摘している点が特徴的だ。著者の視点は中立的で、インタビュー主体のルポ形式により、読者が感情移入しやすい構成となっている。本書のテーマは、女性のエンパワーメントを謳う政策が、逆に人々を苦しめる側面を暴き、真の「輝き」とは何かを読者に問いかけるもの。
出版状況・体裁
『「女性活躍」に翻弄される人びと』は光文社新書として2018年3月20日に初版発行され、書店発売日は2018年3月15日である。定価は902円(税込)で、Kindle版も同時期に発売されている。体裁は新書判で、ページ数は280ページ。ISBNは978-4-334-04340-7、JANコードは9784334043407、Cコードは0236。
光文社新書シリーズの一冊として、軽量で持ち運びやすい新書サイズ(おおよそA6判相当)で、内容は活字中心のテキスト主体。カバーにはシンプルなデザインが施され、帯には「産め、働け、輝けの三重殺」というキャッチコピーが記されている。
出版状況としては、初版以降重版がかかっていないが、電子書籍版の普及により現在も入手可能で、Amazon、楽天ブックス、紀伊國屋書店などの大手書店やオンラインストアで販売中。Kindle版は電子書籍特有の利便性から、レビュー数も多く寄せられている。
著者の奥田祥子は1966年生まれ、ニューヨーク大学修士課程修了、慶應義塾大学博士課程修了(政策・メディア論専攻)、近畿大学教授で、労働福祉政策やジェンダー論の専門家。彼女の他の著作に『男性漂流』『社会的うつ』などがあり、本書は彼女の取材経験を基にした一連のジェンダー関連作品のひとつ。出版後、国際女性デーなどのタイミングで再注目されることが多く、2025年現在も関連議論で引用されている。
評判
『「女性活躍」に翻弄される人びと』の評判は全体的に高く、読書メーターでは評価93%、レビュー63件を獲得し、楽天Koboでは総合評価4.0をマークしている。
Amazonレビューでは、「長い時間の中に人の歴史がある、それが書かれているから、よけいにとても感動した、よかったです。本が好きになった。また奥田さんの本読みたいです!」という声があり、取材の長期性と人間味あふれる描写が感動を呼んでいる。
Bookliveのレビューでは、「『産め、働け、輝け』という無茶振りに苦言を呈す本。本書は昨今の『女性活躍』の潮流によって、ストレスやプレッシャーをかけられる男女のインタビューをまとめた書籍。
『女性活躍』が叫ばれるようになって数年が経つが、女性の管理職比率はなかなか上がらず、その理由を『女性が管理職になりたがらないからだ』と女性の責任に押し付ける風潮が一部にあり、本書はそうした風潮に一石を投じる」と評価され、政策の現実的な問題点を指摘する点が支持されている。
ブログ・レビューでは、「本書はこのように、様々な実例を挙げて、しばしば単純に主張されがちな『女性の活躍』なるスローガンに疑問を呈しているところが優れていると言える」と、具体例の豊富さとスローガンの単純化に対する批判が優れていると絶賛。X(旧Twitter)では、読了報告が多く、「女性が置かれた環境について理解を深めるのにおすすめの本」「ワークライフバランスを見直すに最適な本かな」との投稿が見られ、国際女性デー関連で推薦されることが多い。
一方で、批判的な声は少なく、全体としてジェンダー問題に興味を持つ読者から「リアルで考えさせられる」と好評。著者の客観的な取材姿勢が、フェミニズム論を超えた幅広い層に受け入れられているようだ。
目次
- はじめに
- 第1章 管理職になりたがらない女たち
- 1 「産め」「働け」「活躍」の三重圧力
- 2 男の「しきたり」から外れる自由
- 3 女同士の闘いが怖い
- 4 “数合わせ”の女性登用
- 第2章 非正規でも前向きな女たち
- 1 “腰掛け”仕事のつもりが……
- 2 処遇よりも、やりがい
- 3 社会貢献活動で自分と向き合う
- 4 女性の格差拡大
- 第3章 “敗北感”に苛まれる女たち
- 1 「勝ち組」専業主婦の今
- 2 息子を“お受験”という代理戦争に
- 3 出世できない夫にDV
- 4 女の生き方に勝ち負けはない
- 第4章 男たちを襲うプレッシャー
- 1 女性登用に足をすくわれる
- 2 女性優遇は「逆差別」?
- 3 妻の「活躍」がプレッシャー
- 4 キャリアを捨てた妻に負い目
- 5 プレッシャーを男女ともに乗り越える
- 第5章 真に女性が輝く社会とは
- 1 女の人生は一様ではない
- 2 男女の「差異」を受け入れる
- 3 内発的動機づけを味方に
- 4 多様な働き方と質の向上
- 5 「活躍」のシーンは十人十色
- あとがき
- 主要参考文献
あらすじ
本書は、女性活躍推進のスローガンがもたらす現実の歪みを、具体的な人物の人生を通じて描く。
第1章では、管理職昇進を拒む女性たちの葛藤を扱い、「産め、働け、活躍しろ」という三重圧力の下で、男性中心の職場文化や女性間の競争に疲弊する姿が語られる。例えば、昇進を拒否する女性が「男のしきたり」から逃れる自由を求めるエピソードが登場する。
第2章は、非正規雇用で働く女性たちに焦点を当て、処遇の悪さにもかかわらずやりがいを優先する生き方や、社会貢献活動を通じた自己実現を描く。一方で、女性間の格差拡大が問題視される。
第3章では、専業主婦や「勝ち組」女性の敗北感を掘り下げ、お受験競争や夫へのDVといった極端な行動に走る心理を分析。女の生き方に勝ち負けはないと結論づける。
第4章は男性側の視点に移り、女性優遇政策による逆差別感や、妻の活躍が夫に与えるプレッシャーを取り上げる。キャリアを捨てた妻への負い目を感じる男性の声が印象的だ。
第5章で、真の女性活躍社会とは多様な人生を認めるものであり、内発的動機づけと質の高い働き方を提案。
全体を通じて、著者は15年にわたる取材で人々の変容を追跡し、政策の理想と個人の現実のギャップを浮き彫りにする。あとがきでは、取材の背景と社会への提言がまとめられる。
解説
本書は、女性活躍推進法の施行以降の日本社会を鏡のように映し出す作品だ。著者奥田祥子は、ジャーナリストとしての鋭い視点で、政策の美名の下に隠された人々の苦悩を暴く。核心は、「女性活躍」というスローガンが一律の規範として押し付けられることで生じる歪みにある。
例えば、第1章の管理職拒否は、ワークライフバランスの崩壊やジェンダーバイアスを象徴し、女性が「活躍」するために犠牲を強いられる現実を批判する。これは、フェミニズムの観点から見ると、第二波フェミニズムの「仕事を通じた解放」が、現代の資本主義社会で「労働の強制」へと変質したことを示唆する。
第2章の非正規女性たちは、低賃金でもやりがいを求める姿が、ネオリベラリズムの影響下での自己責任論を体現。格差拡大は、女性の労働市場二極化を指摘し、上野千鶴子らの議論と響き合う。
第3章の専業主婦の敗北感は、ベティ・フリーダンの『女性の神秘』を思わせるが、日本独自の「お受験文化」やDVを加味した独自性がある。
第4章で男性を扱うことで、ジェンダー問題を「女性だけのもの」から脱却し、インターセクショナリティ(交差性)を導入。男性のプレッシャーは、伝統的な男性性規範の崩壊を表す。
第5章の提案は、多様性を重視したポジティブな締めくくりで、内発的動機づけはマズローの欲求階層論を連想させる。
全体として、本書はルポの強みを活かし、統計データではなく個人の物語で社会を語る点が秀逸。批判点として、取材対象が都市部中心で地方の声が少ないが、それは補完的な役割を果たす。
2025年の今、少子化やジェンダーギャップ指数の低迷を背景に、再読価値が高い一冊だ。読者は、自身の人生を振り返り、真の「活躍」とは個人の選択に基づくものだと気づかされるだろう。



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