『ジャッカルの日』は、イギリスの作家フレデリック・フォーサイスによるサスペンス・スリラー小説で、彼のデビュー作にして代表作の一つ。1971年に発表され、国際的なベストセラーとなりました。
この小説は、歴史的な事件を背景に、緻密な計画と緊迫感あふれる展開で、プロの暗殺者とそれを阻止しようとする捜査当局の攻防を描いた作品です。フォーサイスのジャーナリストとしての経験が反映された、リアリティとディテールに富んだ描写が特徴で、政治的陰謀とスパイ活動を巧みに織り交ぜたストーリーは、出版当時から高い評価を受けました。
物語の舞台は1960年代初頭のフランスで、シャルル・ド・ゴール大統領暗殺を企てる暗殺者「ジャッカル」と、それを阻止しようとするフランス当局の戦いが中心です。フォーサイスは、実際の歴史的事件であるOAS（秘密軍事組織）によるド・ゴール暗殺未遂を題材にしつつ、フィクションとして緊張感あふれる物語を構築しました。1973年には本作を原作とした映画が公開され、さらなる人気を博しました。
本作の魅力は、プロフェッショナルな暗殺者の冷徹な計画と、それを追う捜査官の執念の対決にあります。また、フォーサイスの詳細な調査に基づく技術的・政治的描写が、物語にリアリティを与え、読者を引き込みます。
あらすじ
物語は、1962年のフランスを背景に始まります。フランスはアルジェリア戦争の終結をめぐり政治的混乱にあり、シャルル・ド・ゴール大統領がアルジェリアの独立を認めたことで、右翼の過激派組織OAS（Organisation de l’Armée Secrète、秘密軍事組織）は激しい反発を示していました。OASはド・ゴール暗殺を繰り返し試みますが、すべて失敗に終わります。
OASの指導者たちは、最後の手段として、外国人でプロの暗殺者を雇うことを決定します。彼らが選んだのは、コードネーム「ジャッカル」と呼ばれる謎の男です。ジャッカルは、冷酷で計算高く、完璧な計画を立てることで知られるプロの殺し屋です。彼は高額な報酬と引き換えにド・ゴール暗殺を引き受け、綿密な準備を開始します。偽造パスポートの入手、武器の手配、身分の偽装、フランス国内への潜入ルートの確保など、ジャッカルの準備は周到を極めます。彼は複数の偽名を使い分け、痕跡を残さず行動し、フランス当局の目を逃れ続けます。
一方、フランス政府はOASの新たな暗殺計画を察知しますが、ジャッカルの正体や詳細な計画は不明です。内務省は、フランス警察の敏腕刑事クロード・ルベルに捜査を一任します。ルベルは、限られた手がかりを頼りに、ジャッカルの足取りを追います。情報機関や国際的な協力のもと、ルベルはジャッカルの偽造パスポートや移動パターンを少しずつ突き止めていきますが、ジャッカルは常に一歩先を行き、捜査網を巧妙にかわします。
物語は、ジャッカルの暗殺計画とルベルの追跡劇が交錯しながら進みます。ジャッカルは、ド・ゴールが参加する予定の公開イベント「解放記念日」を暗殺の実行日として選び、準備を進めます。一方、ルベルは時間との戦いの中で、わずかな手がかりを頼りにジャッカルの正体と計画を暴こうとします。物語は、両者の知恵と策略のぶつかり合いが最高潮に達するクライマックスへと突き進み、読者を緊張の渦に巻き込みます。
最終的に、ジャッカルの暗殺計画は実行の瞬間まで進みますが、ルベルの執念とわずかな幸運により、計画は寸前で阻止されます。ジャッカルの運命とド・ゴールの安否については、物語の結末で明らかになりますが、その詳細は読者の興奮を損なわないようここでは控えます。
解説
歴史的背景とリアリティ
『ジャッカルの日』の最大の魅力の一つは、歴史的背景を巧みに取り入れたリアリティです。フォーサイスは、アルジェリア戦争とド・ゴール暗殺未遂という実在の事件を基に物語を構築しました。OASによる暗殺計画は史実であり、1962年のプチ＝クラマールでの暗殺未遂事件などがモデルとなっています。フォーサイスは、これらの事件を詳細に調査し、フィクションとしてのジャッカルの物語をリアルに描き出しました。
特に、ジャッカルの偽造パスポートの作成方法や、武器の調達、潜入ルートの選定など、技術的なディテールはフォーサイスのジャーナリストとしての経験が活かされています。これにより、読者はまるで実際の事件を追体験しているかのような臨場感を味わえます。また、フランス当局の捜査プロセスや情報機関の動きも、当時の政治状況や警察組織の仕組みを反映しており、物語に深みを与えています。
ジャッカルとルベルの対決
物語の中心は、ジャッカルの冷徹なプロフェッショナリズムと、ルベルの地道な捜査の対比です。ジャッカルは、感情を排し、完璧な計画を追求する暗殺者として描かれます。彼の行動は計算尽くで、読者に対してもその正体や背景はほとんど明かされません。このミステリアスなキャラクター造形が、ジャッカルの脅威を強調し、物語の緊張感を高めています。
対するルベルは、地味ながらも粘り強い刑事として描かれます。彼は派手なヒーロー像ではなく、限られた資源と時間の中で、冷静に手がかりを積み重ねていくプロフェッショナルです。この二人の対決は、知力と忍耐の戦いであり、どちらが一歩先に進むかという心理戦が物語の駆動力となっています。
サスペンスとストーリーテリング
フォーサイスのストーリーテリングは、緻密かつ緊張感に満ちています。物語は、ジャッカルの準備とルベルの捜査を交互に描くことで、双方の視点から進行します。この二重構造により、読者はジャッカルの計画の進捗を知りつつ、ルベルの追跡がどこまで迫っているかを同時に見守ることになります。この手法は、読者の緊張感を維持し、最後まで目が離せない展開を生み出します。
また、フォーサイスは無駄な描写を避け、ストーリーをテンポよく進めます。各章は短く、具体的な行動や計画の詳細に焦点を当て、読者を物語の核心に引き込みます。特に、暗殺の実行日が近づくにつれて、時間的な切迫感が増し、読者の心を掴みます。
テーマと影響
『ジャッカルの日』は、単なるサスペンス小説にとどまらず、政治的陰謀や個人のプロフェッショナリズム、運命と偶然のテーマを探求しています。ジャッカルの冷酷な効率性と、ルベルの地道な努力は、個人の能力と組織の力の対比としても読めます。また、歴史的事件を背景にすることで、国家と個人の対立や、権力と反逆の複雑な関係性を浮き彫りにしています。
本作は、現代の政治スリラーやスパイ小説の原型とも言える作品で、ジョン・ル・カレやロバート・ラドラムなどの作家に影響を与えました。また、映画化（1973年、フレッド・ジンネマン監督）も成功を収め、映像作品としてもその緊張感が再現されました。
映画化・ドラマ化
以下では、フレデリック・フォーサイスの小説『ジャッカルの日』の映画化およびドラマ化について説明します。
映画化：『ジャッカルの日』（1973年）
概要
『ジャッカルの日』は、1973年にフレッド・ジンネマン監督によって映画化され、公開されました。この映画は、フォーサイスの原作小説を忠実に再現しつつ、映画ならではの映像表現と緊張感を加えた作品として高く評価されています。ジンネマン監督は、『真昼の決闘』（1952年）や『地上より永遠に』（1953年）などの名作で知られる巨匠で、彼の緻密な演出が本作のサスペンスを一層引き立てました。
映画の主なキャストには、ジャッカル役にエドワード・フォックス、ルベル刑事役にマイケル・ロンズデールが起用されました。フォックスの冷徹で知的なジャッカルの演技と、ロンズデールの地味ながら執念深いルベルの描写は、原作のキャラクターを見事に体現し、観客を引き込みました。
ストーリーと特徴
映画のストーリーは、原作小説とほぼ同じ枠組みを踏襲しています。1960年代初頭のフランスを舞台に、OAS（秘密軍事組織）がシャルル・ド・ゴール大統領暗殺を企て、プロの暗殺者ジャッカルを雇うところから物語が始まります。ジャッカルは周到な計画を進め、フランス当局の捜査網を巧妙にかわします。一方、フランス警察のルベル刑事が、限られた手がかりを頼りにジャッカルの追跡を進め、暗殺の実行日である「解放記念日」に向けて緊張が高まります。
映画は、原作の詳細なディテールを可能な限り再現しつつ、映像媒体の特性を活かした演出が施されています。例えば、ジャッカルの偽造パスポート作成や武器の調達シーンでは、細やかな動作や道具の描写を通じて、彼のプロフェッショナリズムが強調されます。また、フランスの街並みや当時の雰囲気を見事に捉えたロケーション撮影が、物語のリアリティを高めています。
ジンネマン監督は、サスペンスを盛り上げるために、音楽や編集にも工夫を凝らしました。ジョルジュ・ドルリューによる音楽は控えめながらも緊張感を煽り、編集はジャッカルの計画とルベルの捜査を交互に描くことで、原作同様の二重構造を効果的に再現しています。特に、クライマックスの暗殺実行シーンは、息をのむような緊張感で観客を引き込み、原作の魅力を損なうことなく映像化に成功しました。
評価と影響
1973年の映画『ジャッカルの日』は、批評家と観客の両方から高い評価を受けました。フォーサイスの原作に忠実でありながら、映画としてのテンポや視覚的表現が優れている点が称賛されました。エドワード・フォックスのジャッカルは、冷酷かつカリスマ的な暗殺者として強い印象を残し、以降のサスペンス映画のキャラクター造形に影響を与えました。
この映画は、現代の政治スリラーやスパイ映画の原型の一つとされ、後の作品に多大な影響を与えました。また、公開当時の政治的背景（冷戦やテロリズムの台頭）を反映した作品として、リアリティとエンターテインメント性を両立させた点でも評価されています。興行的にも成功を収め、フォーサイスの小説の人気をさらに広げる一因となりました。
リメイク映画：『ジャッカル』（1997年）
概要
1997年には、『ジャッカルの日』を原案としたリメイク映画『ジャッカル』（The Jackal）が、マイケル・ケイトン＝ジョーンズ監督によって制作されました。ただし、この作品は原作や1973年の映画とは大きく異なり、舞台を現代（1990年代）に変更し、ストーリーも大幅にアレンジされたものとなっています。ジャッカル役にはブルース・ウィリス、追う側であるFBI捜査官および元IRAメンバーの役にリチャード・ギアがキャスティングされました。
ストーリーと特徴
1997年版の『ジャッカル』は、原作のド・ゴール暗殺の設定を捨て、ロシアのマフィアがアメリカの高官を暗殺するためにジャッカルを雇うという、現代的なストーリーに変更されました。ジャッカルは、ブルース・ウィリスの演技により、よりアクション映画的な悪役として描かれ、冷徹さと共に派手なアクションシーンが強調されています。一方、リチャード・ギア演じるデクラン・マクイーンは、元IRAのテロリストで、FBIと協力してジャッカルを追います。
この映画は、原作や1973年版の緻密なサスペンスよりも、ハリウッド的なアクションとドラマに重点を置いています。ジャッカルの暗殺計画にはハイテク機器や爆発的なアクションが盛り込まれ、現代の観客向けにエンターテインメント性を高めた作りになっています。しかし、原作の政治的背景や心理戦の要素は薄れ、批評家からは「原作の精神を失った」との批判も多く寄せられました。
評価と影響
1997年版『ジャッカル』は、興行的には一定の成功を収めたものの、批評的には賛否両論でした。ブルース・ウィリスとリチャード・ギアのスター性や、アクションシーンの迫力は評価された一方、原作や1973年版のファンからは、ストーリーの改変やサスペンスの欠如が不満とされました。結果として、このリメイクは1973年版ほどのクラシックとしての地位を獲得するには至りませんでした。
ドラマ化：『The Day of the Jackal』（2024年）
概要
2024年には、『ジャッカルの日』を原案としたテレビドラマシリーズが、SkyとPeacockによって制作され、公開されました。このドラマは、現代を舞台にしたリメイクで、エディ・レッドメインがジャッカル役、ラシャーナ・リンチが彼を追うMI6捜査官役として出演しています。全10話構成で、原作の精神を継承しつつ、現代のテクノロジーや国際情勢を反映した新たな物語が展開されます。
ストーリーと特徴
ドラマ版では、ジャッカルは現代のテクノロジーを駆使する暗殺者として描かれ、彼のターゲットはヨーロッパの要人です。ストーリーは、原作の緻密な計画と追跡劇の構造を保ちつつ、現代のサイバー犯罪や監視技術を取り入れ、新たな緊張感を生み出しています。エディ・レッドメインのジャッカルは、原作の冷酷さと知性を保ちつつ、現代的な魅力が加えられています。
ドラマは、映画よりも長い尺を活かし、ジャッカルや追跡者のバックストーリーを掘り下げ、キャラクターの心理や動機を丁寧に描いています。また、ヨーロッパ各地でのロケーション撮影や、現代の政治的テーマ（テロリズムや国際協力）が物語に深みを加えています。
評価と影響
2024年のドラマ版は、公開直後から批評家に高く評価されました。原作の緊張感を現代に蘇らせ、キャラクターの深みや視覚的クオリティが称賛されています。特に、エディ・レッドメインの演技は、ジャッカルの冷酷さと人間性を両立させたとして好評です。このドラマは、ストリーミング時代におけるサスペンス作品の新たな可能性を示し、原作ファンのみならず新しい視聴者層にも訴求しました。
まとめ
『ジャッカルの日』は、フレデリック・フォーサイスの緻密な調査とストーリーテリングの才能が融合した、傑作サスペンス小説です。歴史的背景を活かし、プロの暗殺者ジャッカルと刑事ルベルの知的な対決を描いた本作は、読者を最後まで引き込む緊張感とリアリティに満ちています。政治的陰謀、プロフェッショナリズム、運命のテーマを織り交ぜたこの作品は、スリラー小説の金字塔として、今なお多くの読者に愛されています。
そして、『ジャッカルの日』は、1973年の映画化で原作の緻密なサスペンスを見事に映像化し、クラシックとして愛されてきました。1997年のリメイク映画は現代的なアクション映画として再解釈されましたが、原作の精神からはやや離れました。一方、2024年のドラマシリーズは、現代の技術とテーマを取り入れ、原作の緊張感を新たな形で再現し、高い評価を得ています。これらの映像化作品は、それぞれの時代やメディアの特性を反映しつつ、フォーサイスの傑作の普遍的な魅力を伝え続けています。
レビュー 作品の感想や女優への思い