『許されざる者』(2003年)は、明治時代初期の蝦夷地を舞台に、江戸幕府の残党として数々の殺戮を繰り返した過去を持つ男、釜田十兵衛が、再び刀を手に賞金稼ぎとして戦いに身を投じる姿を描いた時代劇。李相日監督による、クリント・イーストウッドの名作西部劇『許されざる者』(1992年)の日本版リメイク作品で、渡辺謙主演。2013年9月13日公開、興行収入約7億円を記録し、国際映画祭でも高い評価を得ました。暴力と贖罪のテーマを、北海道の厳しい自然の中で深く掘り下げ、観る者の心を揺さぶる一作です。
基本情報
- 原題:許されざる者
- 公開年:2003年
- 製作国・地域:日本
- 上映時間:149分
- ジャンル:アクション
女優の活躍
本作では、女性キャラクターが物語の重要な起点となり、男たちの運命を大きく左右します。特に、忽那汐里が演じる遊女・なつめは、事件の引き金となる被害者として、静かなる強さと脆さを体現します。彼女の繊細な表情と抑えた演技は、暴力の残酷さを際立たせ、観客に深い印象を残します。なつめは、顔を斬られるという過酷な出来事を経て、復讐の連鎖を象徴する存在として、物語の情感を豊かに彩ります。
一方、小池栄子が演じる年長の女郎・お梶は、なつめを傷つけた男たちへの報復として賞金を懸ける大胆な行動で、物語を加速させます。お梶のたくましさと女としての複雑な感情を、小池は力強く表現し、現場での過酷な長時間撮影にも耐え抜きました。薄い着物を纏い、極限状態で演じた彼女の献身は、役のリアリティを高め、男中心の西部劇リメイクに女性の視点を加える重要な役割を果たしています。これらの女優たちの活躍は、単なる脇役ではなく、作品のテーマである「許し」の本質を問いかける鍵となっています。
女優の衣装・化粧・髪型
本作の女優たちの衣装・化粧・髪型は、明治初期の北海道を舞台としたリアリズムを重視し、遊女たちの過酷な生活を反映したものとなっています。忽那汐里演じるなつめの衣装は、華やかさと貧しさが混在する薄手の着物で、赤みがかった小紋柄が遊女らしい妖艶さを醸し出します。事件後の傷跡が残る顔には、控えめな白粉化粧が施され、痛々しい現実を強調。髪型は、伝統的な遊女の島田髷を基調としつつ、乱れを許さないきっちりとしたまとめ方で、彼女の内面的な強靭さを象徴します。
一方、小池栄子演じるお梶の衣装は、年長の女郎らしい地味めな紺色の着物で、長時間の撮影で着用された薄手生地が、北海道の寒冷地での生活の厳しさを体現。化粧は厚化粧を避け、自然な肌色に淡い紅を差す程度で、経験豊かな女性の落ち着きを表します。髪型は、ゆるやかなお団子を後ろでまとめ、銀糸を交えたかんざしでアクセントを付け、年齢相応の風格を加えています。これらのビジュアル要素は、監督の李相日がこだわった時代考証に基づき、女優たちの演技をより深く引き立て、物語のリアリティを高めています。全体として、豪奢さよりも日常の泥臭さが際立ち、女性たちの内なる闘いを視覚的に語る工夫がなされています。
あらすじ
明治13年(1880年)、北海道の開拓地。かつて江戸幕府の残党として「人斬り十兵衛」と恐れられた釜田十兵衛(渡辺謙)は、妻との出会いを機に刀を封印し、娘たちと共に貧しいながらも平穏な農民生活を送っていました。しかし、妻の死後、生活は困窮を極めます。そんな中、遊郭で働くなつめ(忽那汐里)が、酒に酔った浪人・堀田佐之助(小澤征悦)とその弟・卯之助(三浦貴大)に顔を斬られる事件が発生します。この残虐な行為に憤慨した年長の女郎・お梶(小池栄子)は、兄弟の首に高額の賞金を懸け、復讐を呼びかけます。
この報せを聞きつけた十兵衛は、旧知の相棒・馬場金吾(柄本明)と、アイヌと和人のハーフである若者・沢田五郎(柳楽優弥)を誘い、賞金首を追って旅立ちます。金吾は酒浸りの落ちぶれた元侍で、五郎は銃の名手として十兵衛の過去を知りつつも、彼に憧れを抱いています。一行は、北海道の広大な荒野を横断し、厳しい自然と人間の欲望に直面します。
一方、事件の舞台である開拓町では、警察署長の大石一蔵(佐藤浩市)が秩序を維持しようと奔走しますが、賞金稼ぎたちの乱入により、町は緊張に包まれます。長州出身の志士・北大路正春(國村隼)や、謎めいた剣客・姫路弥三郎(滝藤賢一)らも絡み、複雑な人間関係が絡み合います。十兵衛たちは賞金首に迫りますが、過去のトラウマと現在の葛藤が十兵衛を苛み、戦いの最中、互いの本音が露わになります。
クライマックスでは、雨の降りしきる夜の対決が繰り広げられ、十兵衛は自らの「許されざる」罪と向き合います。復讐の連鎖は、予想外の結末を迎え、生き残った者たちはそれぞれの贖罪の道を歩み始めます。本作は、単なるアクションではなく、男たちの孤独と女性たちの叫びが交錯する、深い人間ドラマとして展開します。北海道の壮大な風景が、キャラクターたちの内面を映し出す鏡となり、観る者に静かな余韻を残します。
解説
『許されざる者』は、クリント・イーストウッドのオリジナル版がアカデミー賞4部門を受賞した名作西部劇を、李相日監督が日本独自の視点でリメイクした意欲作です。舞台を19世紀末のアメリカ西部から明治初期の北海道へ移すことで、開拓の荒々しさと文化の衝突を巧みに重ね合わせ、普遍的なテーマである「暴力の連鎖と贖罪」を探求しています。オリジナルがカウボーイの孤独を描いたのに対し、本作は侍の末裔たちのアイデンティティの喪失を強調し、日本映画らしい内省的なニュアンスを加えています。
監督の李相日は、『フラガール』や『悪人』で知られるように、群像劇の妙手を発揮し、ここでも渡辺謙を筆頭に豪華キャストの心理描写に注力。十兵衛の沈黙の多さが、言葉を超えた感情の深さを表し、観客に想像の余地を与えます。また、女性キャラクターの存在がオリジナルより強調され、なつめとお梶の視点から「被害者の怒り」を描くことで、ジェンダーの視点を現代的にアップデートしています。北海道の厳しい気候を活かしたロケーション撮影は、視覚的に圧倒的で、雨や雪のシーンが感情の爆発を象徴します。
テーマ的には、「許し」の境界を探る点が秀逸です。十兵衛は過去の殺戮を悔い、刀を捨てたはずが、再び手に取ることで自己嫌悪に陥ります。これは、戦後日本の「加害者意識」を連想させ、社会的な深みを生み出しています。興行的に7億円のヒットを記録した一方、批評家からは「日本版として忠実すぎる」との声もありましたが、国際映画祭での上映がその普遍性を証明。音楽の岩代太郎による荘厳なスコアが、緊張感を高め、編集の今井剛のテンポがアクションとドラマのバランスを保っています。総じて、娯楽性と芸術性を両立した、時代を超える一篇です。観るたびに、新たな発見があるでしょう。
キャスト
- 釜田十兵衛:渡辺謙
- 馬場金吾:柄本明
- 沢田五郎:柳楽優弥
- なつめ:忽那汐里
- お梶:小池栄子
- 北大路正春:國村隼
- 堀田佐之助:小澤征悦
- 堀田卯之助:三浦貴大
- 姫路弥三郎:滝藤賢一
- 大石一蔵:佐藤浩市
- 秋山喜八:近藤芳正
スタッフ
- 監督:李相日
- 脚本:デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ(原作)、李相日
- 製作:久松猛朗
- 製作総指揮:ウィリアム・アイアトン
- 音楽:岩代太郎
- 撮影:笠松則通
- 編集:今井剛
- 美術:種田陽平
- 衣装デザイン:宮本まほ
- 特殊メイク:百武朋
- 制作会社:日活、オフィス・シロウズ
- 製作・配給:ワーナー・ブラザース映画
レビュー 作品の感想や女優への思い