映画『グランド・マスター』（2013年公開）で、女優のチャン・ツィイーはカンフーやアクションで中心的な役割を担った一人。ここでは彼女のアクションに焦点をあてて、演技の特徴、技術的背景、撮影プロセス、批評的評価を詳しく解説します。
役柄とアクションの背景
チャン・ツィイーが演じるゴン・ルオメイ（宮若梅）は、北の八卦掌の宗師ゴン・パオセン（ワン・チンシアン）の娘で、八卦掌の奥義「六十四手」の唯一の継承者。彼女は父の遺志を継ぎ、武術界の名誉と南北統一を目指す一方、父を殺したマーサン（マックス・チャン）への復讐と、イップ・マン（トニー・レオン）への秘めた恋心の間で葛藤します。ルオメイのアクション場面は、映画の中心的な見せ場であり、ウォン・カーウァイ監督の詩的な映像美と融合した「舞のようなカンフー」が特徴です。
主なアクション場面
チャン・ツィイーのカンフーシーンは、以下の3つの場面で特に際立っています。
金楼でのイップ・マンとの対決（1930年代、佛山）
- 内容：イップ・マンの詠春拳とゴン・ルオメイの八卦掌が激突するシーン。金楼（娼館）の豪華な室内で、狭い空間を活かした素早い動きと流れるような攻撃が展開。ルオメイの「六十四手」が披露され、イップ・マンを圧倒する。
- 特徴：八卦掌の円形の動きと詠春拳の直線的な攻撃が対比され、チャンの優雅なフォームが強調される。スローモーションやクローズアップ（例：手の動き、足のステップ）が、ウォン・カーウァイの美学と融合。照明とチャイナドレスの色彩が、アクションを舞踏のように見せる。
- 技術的背景：チャンは撮影前に数カ月の八卦掌トレーニングを受け、ユエン・ウーピン（アクション指導）の指導で動きを習得。ワイヤーアクションは控えめで、彼女の身体能力が活かされた。Filmarksのレビューでは「チャンの動きは舞のようで、カンフーの精神性を体現」と高評価。
雪中のマーサンとの復讐戦（1940年代、北東部）
- 内容：父を殺したマーサンを追うルオメイが、雪の降る駅のホームで対決。形意拳（マーサン）と八卦掌（ルオメイ）の激しい攻防が展開し、ルオメイが勝利。
- 特徴：雪が舞う中での戦いは、ウォン・カーウァイの映像美の極致。チャンの動きは力強く、雪と血のコントラストが復讐の重さを強調。彼女の表情（怒りと哀しみ）がアクションに深みを加える。
- 技術的背景：極寒のセット（ハルビン風の北東部を再現、実際は北京近郊で撮影）での撮影は過酷で、チャンは寒さの中でも正確な動きを維持。批評家は「チャンの雪中のアクションは、香港映画の新たな女性像を定義した」と称賛。
一線天（カミソリ）との戦い（1940年代、香港）
- 内容：謎の暗殺者一線天（チャン・チェン）と香港の裏通りで対決。八極拳（一線天）と八卦掌（ルオメイ）の戦いは、狭い空間でのスピード感ある攻防。
- 特徴：香港のネオンと裏路地の雑踏が背景。チャンのアクションは、優雅さと攻撃性を両立させ、女性武術家の気高さを表現。スローモーションで彼女の手刀が光る。
- 技術的背景：ユエン・ウーピンのワイヤーアクションが強調され、一部で「過剰」と批判されたが、チャンの身体制御がシーンをリアルに保つ。X投稿では「チャン・ツィイーのカンフーは、力強さと美しさの完璧なバランス」と話題。
アクションの特徴と技術
- 八卦掌の再現：八卦掌は円形の足運びと流れるような手の動きが特徴で、チャン・ツィイーはこのスタイルを徹底的に習得。彼女のトレーニングは、詠春拳（直線的、防御的）との対比を意識し、女性らしい柔らかさと力強さを融合させた。これは、ソウルの『新感染』のアクション（スピード感）や大阪の『ブラック・レイン』のヤクザ戦とは異なり、舞踏的で芸術的。
- ワイヤーアクションの賛否：ユエン・ウーピンの指導でワイヤーアクションが多用されたが、伝統的なカンフー映画ファンからは「ブルース・リーのリアルなアクションと比べ浮いている」との批判も。しかし、チャンの身体能力（例：『グリーン・デスティニー』での経験）が、ワイヤーでも自然な動きを維持。
- 女性としての表現：チャンのアクションは、男性中心のカンフー映画（例：『燃えよドラゴン』）に新たな女性像を提示。ルオメイの気高さと復讐心は、インディー映画のトレンド（例：ソウルの『梨泰院クラス』の女性キャラクター）に見られる多様な女性像に通じる。
撮影プロセス
- トレーニング：チャン・ツィイーは撮影前、2年以上にわたり八卦掌を学び、武術家から指導を受けた。彼女は「身体を動かすことで役の魂を理解した」と語る。トニー・レオンも詠春拳を学んだが、チャンのアクションが物語の中心だったため、彼女の準備が特に注目された。
- 過酷な撮影環境：雪中のシーンは北京近郊のセットで、零下での撮影が続いた。チャンは寒さで手が凍りながらも、正確なフォームを維持。香港の裏通りシーンは、実際のロケとセットを組み合わせ、ウォン・カーウァイの即興的な演出が加わった。
- 監督とのコラボレーション：ウォン・カーウァイの即興演出は、アクション場面でも発揮され、チャンは「毎日の撮影が新しい挑戦だった」と述懐。これは、インディー映画のトレンド（例：ベルリンの『ビクトリア』のシングルショット）に似た創造的自由度。
批評的評価
- 称賛：批評家は「チャン・ツィイーのアクションは、武術の美学と女性の強さを融合させ、香港映画の新たな地平を開いた」と評価。Rotten Tomatoesでは「彼女の六十四手は映画のハイライト」と記述。Filmarksのレビューも「チャンの舞うようなカンフーが、ウォン・カーウァイの映像と完璧にマッチ」と好評。
- 批判：一部で「ワイヤーアクションが過剰で、伝統的なカンフーの迫力が薄い」との声。『イップ・マン』シリーズ（ドニー・イェン主演）と比べ、アクションの爽快感が少ないとの意見も。
- 国際的影響：チャンの演技は、アカデミー賞撮影賞・衣装デザイン賞ノミネートに貢献。彼女のアクションは、クアラルンプールの『ポリス・ストーリー3』のミシェル・ヨーや大阪の『ブラック・レイン』の松田優作に匹敵する国際的インパクト。
レビュー 作品の感想や女優への思い