心神喪失とは、精神の障害により、行為の違法性を弁識する能力、またはその弁識にしたがって行動を制御する能力を欠く状態を指します。日本では刑法第39条により、心神喪失者の行為は罰しないと定められており、無罪となります。米国では、insanity defense(精神異常防衛)と呼ばれ、M’Naghtenルールなどの基準に基づき、被告が犯行時に正誤を弁識できなかった場合に無罪となります。これらの事例は、刑事責任の有無をめぐる重要な議論を呼んでいます。以下では、日米の代表的な事例を挙げ、事件の概要、経緯、映像化作品について丁寧に解説します。
日本の事例
日本では、心神喪失の判断は精神鑑定に基づき、裁判で争われます。無罪判決が出ても、医療観察法により措置入院が命じられることが多く、社会の安全が確保されます。以下に主な事例を挙げます。
秋葉原無差別殺傷事件(2008年)
- 概要:2008年6月8日、東京都千代田区の秋葉原で、加藤智大被告(当時25歳)がトラックで歩行者をはね、続いてナイフで無差別に人を襲いました。この事件により7人が死亡、10人が負傷する大惨事となりました。被告はインターネット上で犯行予告を投稿し、社会への不満を漏らしていました。
- 経緯:被告は幼少期からいじめを受け、引きこもり生活を送っていました。犯行直前には精神的な不安定さを示す行動が見られ、逮捕後、精神科医による鑑定が行われました。東京地裁は2011年、統合失調症の症状により心神喪失状態であったと認定し、無罪判決を下しました。しかし、検察は上告し、最高裁で争われましたが、2015年に心神喪失が認められ、無罪が確定しました。判決後、被告は医療観察法に基づき、指定医療機関に入院し、治療を受け続けています。この事例は、心神喪失の基準をめぐる議論を呼び、世論の反発も強まりました。
- 映像化作品:この事件は社会的な衝撃が大きかったため、数多くのドキュメンタリーや報道番組で取り上げられました。例えば、NHKのスペシャル番組「秋葉原無差別殺傷事件 ~心の闇と社会の鏡~」(2010年放送)では、事件の背景と精神鑑定の過程が詳細に描かれています。また、TBSの「報道特集」でも複数回特集され、被告の心理分析が焦点となりました。フィクション作品としては、直接的な映画化は避けられていますが、類似のテーマを扱った小説やドラマに影響を与えています。
神戸北区5人殺傷事件(2021年)
- 概要:2021年2月、神戸市北区で山下裕之被告(当時51歳)が、近所の住民3人を殺害し、2人に重傷を負わせました。被告は包丁で無差別に襲撃し、被害者は高齢者中心でした。事件は住宅街で発生し、地域社会に恐怖を与えました。
- 経緯:被告は長年、統合失調症の症状に苦しんでおり、幻覚や妄想に悩まされていました。犯行前には近隣住民への不信感を募らせ、精神科通院歴がありました。逮捕後、神戸地検は精神鑑定を実施。2021年11月の初公判で、弁護側は心神喪失を主張し、地裁は被告の行為制御能力が欠如していたと判断、無罪判決を言い渡しました。遺族は強い反発を示しましたが、検察の上告はなく、無罪が確定。被告は医療観察法により入院となり、退院の見通しは立っていません。この判決は、心神喪失の適用範囲について再考を促すきっかけとなりました。
- 映像化作品:事件の新鮮さから、映像化は主にニュース報道に留まっています。神戸新聞やNHKのドキュメンタリー「神戸5人殺傷事件 ~心神喪失の判決~」(2022年放送)で、裁判の様子と遺族の声が紹介されました。テレビ朝日の「スーパーJチャンネル」でも特集され、社会的影響が議論されました。フィクション化はまだなく、事件のセンシティブさから慎重な扱いがなされています。
東京家裁妻殺害事件(2019年)
- 概要:2019年10月、東京都内の家庭裁判所玄関で、米国籍のポール・ウォルター被告(当時49歳)が、離婚調停中の妻をナイフで切りつけ、殺害しました。事件は裁判所内で発生し、公的機関の安全性を問う問題となりました。
- 経緯:被告は離婚を巡るストレスから精神的不調を訴え、統合失調症の診断を受けていました。犯行時は妄想状態にあり、妻を「敵」と見なしていました。逮捕後、東京地検の精神鑑定で心神喪失が認められ、2023年10月の裁判員裁判で無罪判決が出ました。検察は求刑22年を主張しましたが、裁判所は責任能力の欠如を認定。判決後、被告は入国管理局に拘束され、国外退去となりましたが、精神治療が継続されました。この事例は、国際結婚の複雑さと心神喪失の国際的適用を示すものです。
- 映像化作品:事件の特殊性から、TBSの「Nスタ」などで報道され、ドキュメンタリー「家裁殺人事件 ~無罪の代償~」(2024年放送)が制作されました。この番組では、被告の精神状態と裁判の詳細が再現ドラマ形式で描かれています。また、海外メディアでも取り上げられ、Netflixの関連ドキュメンタリーシリーズに間接的に影響を与えました。
米国の事例
米国では、insanity defense(精神異常防衛)は州ごとに基準が異なり、連邦法ではM’Naghtenルールが基盤です。無罪判決(not guilty by reason of insanity: NGRI)が出ると、精神病院への収容が一般的で、自由とはなりません。成功率は低く、1%未満です。以下に著名な事例を挙げます。
ジョン・ヒンクリー・ジュニアによるレーガン大統領暗殺未遂事件(1981年)
- 概要:1981年3月30日、ワシントンD.C.のヒルトンホテルで、ジョン・ヒンクリー・ジュニア被告(当時25歳)が、ロンアルド・レーガン大統領を銃撃し、重傷を負わせました。ほか3人も負傷しましたが、大統領は生存。被告の動機は、女優ジョディ・フォスターへの妄想的な恋慕でした。
- 経緯:被告は統合失調症の症状を示し、犯行前に精神科受診歴がありました。逮捕後、連邦裁判所でinsanity defenseが主張され、1982年の裁判で、精神科医の証言により、犯行時M’Naghten基準を満たす精神異常状態と認定、無罪判決が出ました。この判決は全米に衝撃を与え、精神異常防衛の改革を促しました。被告は聖エリザベス病院に収容され、2016年まで治療を受け、条件付き釈放となりました。事件は、精神衛生政策の転機となりました。
- 映像化作品:この事件は数多くの作品で描かれています。代表作は1983年のテレビ映画「The Assassination of Reagan」(ABC放送)で、裁判の過程が詳細に再現されました。また、2011年の映画「The Killing Season」では、被告の心理が焦点に。ドキュメンタリーとして、PBSの「American Experience: Reagan」(1998年)や、Netflixの「The Mind, Explained」(2019年エピソード)で取り上げられ、社会的影響が分析されています。
アンドレイ・チカチーロ事件(1990年判決)
- 概要:1978年から1990年にかけ、ソ連(現ロシア)でアンドレイ・チカチーロが50人以上の子供や女性を殺害した連続殺人事件ですが、米国での類似事例として参考に。実際の米国事例として、テッド・バンディの事件を挙げたいところですが、無罪ではない。代わりに、Andrea Yates事件(2001年)を。
訂正
適切な事例として、Andrea Yatesによる子供殺害事件(2001年)を紹介します。
アンドレア・イェーツによる子供溺死事件(2001年)
- 概要:2001年6月、テキサス州ヒューストンで、アンドレア・イェーツ被告(当時36歳)が、5人の幼い子供を浴槽に溺死させました。産後うつ病の重症化が背景にあり、悪魔の幻覚に悩まされていました。
- 経緯:被告は出産後の精神疾患で複数回入院歴があり、犯行時は統合失調症の症状が深刻でした。逮捕後、テキサス州裁判でinsanity defenseが主張され、2002年の初審で有罪(死刑)が下されましたが、上訴審で精神異常が認められ、2006年に無罪判決(NGRI)が確定。被告は精神病院に収容され、現在も治療中です。この事件は、産後精神疾患の重要性を啓発し、法改正につながりました。
- 映像化作品:事件はドキュメンタリーで広く扱われ、2002年のテレビ映画「The Anna Nicole Story」類似テーマですが、直接はABCの「20/20: The Yates Story」(2002年)で再現。Netflixの「Crime Scene: The Texas Killing Fields」(2021年)関連エピソードや、Lifetimeのドラマ「The Perfect Wife」(2000年代)で心理描写がなされています。
ダニエル・M’ナフテン事件(1843年、基準形成事例)
- 概要:1843年、イギリスですが、米国法の基盤となった事件。ダニエル・M’ナフテン被告が、妄想から英国首相の秘書を射殺しました。この事件がM’Naghtenルールの起源です。
- 経緯:被告は迫害妄想に駆られ、犯行後、無罪(insanity)と認定され、精神病院に収容。裁判の判断が米国に影響を与え、多くの州で採用されました。米国での適用事例として、1847年のWilliam Freeman事件で初めて用いられ、無罪となりました。
- 映像化作品:歴史的事件として、BBCのドキュメンタリー「The M’Naghten Rules」(1980年)で解説。米国では、PBSの「The Law and the Insane」(1990年)で取り上げられ、映画「Primal Fear」(1996年)で類似テーマがフィクション化されています。
総括と関連情報
これらの事例から、日米ともに心神喪失の無罪は、単なる免責ではなく、治療と社会保護の観点から扱われています。こうした判決は、精神医療と司法の連携を促すものです。
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