『マリア・ブラウンの結婚』(1979年、原題:Die Ehe der Maria Braun)は、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督のドイツ映画。戦後ドイツの復興期を背景に、愛と犠牲を通じてしたたかに生きる女性マリアの人生を描く。ハンナ・シグラの圧倒的な演技で、ベルリン映画祭最優秀女優賞を受賞。ドイツ新世代映画の傑作として名高い。
基本情報
- 邦題:マリア・ブラウンの結婚
- 原題:Die Ehe der Maria Braun
- 公開年:1979年
- 製作国:西独
- 上映時間:120分
あらすじ
1943年、第二次世界大戦中のドイツ。マリア・ブラウン(ハンナ・シグラ)は、兵士ヘルマン・ブラウン(クラウス・レーヴィッチ)と出会い、わずか半日の結婚式を挙げますが、彼はすぐに戦場へ送られ行方不明に。戦後、マリアは夫の帰還を信じつつ、生き延びるためバーのホステスとして働き始めます。アメリカ兵ビル(ジョージ・バード)と関係を持つが、ヘルマンが帰還した際、誤ってビルを殺害。ヘルマンは罪を被り投獄されます。
マリアは愛する夫のために経済的成功を目指し、実業家カール・オズヴァルト(イヴァン・デスニー)の愛人となり、彼の会社で働きながら富を築きます。1954年、ヘルマンが釈放され、マリアは彼との新生活を夢見ますが、カールとの秘密の契約が明らかに。物語は、マリアの自己犠牲と戦後ドイツの物質的繁栄の裏に潜む虚無を、衝撃的な結末で締めくくります。
女優の活躍
ハンナ・シグラのマリア・ブラウン役は、本作の成功の鍵であり、彼女のキャリアの頂点とも言える演技です。
シグラは、マリアの複雑な感情—愛、野心、孤独、犠牲—を繊細かつ力強く表現し、戦後ドイツの女性の生き様を体現しました。彼女の演技は、感情の爆発を抑えた抑制的な表現と、時折見せる情熱的な瞬間が絶妙に調和。たとえば、ヘルマンとの再会シーンでは、驚きと喜びを隠しながらも微妙な表情で内面の葛藤を伝え、観客を引き込みます。ビルとの関係やカールとの交渉では、したたかさと脆さを同時に演じ分け、マリアの多面性を浮き彫りにしました。
この演技が評価され、シグラは1979年のベルリン映画祭で最優秀女優賞(シルバーベア)を受賞。さらに、ドイツ映画賞やロサンゼルス映画批評家協会賞でも称賛され、国際的なスターとしての地位を確立しました。シグラ自身、ファスビンダーとの創造的緊張関係がこの役に深みを与えたと語っており、彼女の個人的な経験(戦後ドイツでの幼少期や家族の苦難)が役に投影されたとも考えられます。
女優の衣装・化粧・髪型
マリアの衣装、メイクアップ、ヘアスタイルは、戦後ドイツの時代変遷と彼女の社会的上昇を象徴する重要な要素です。映画の冒頭、1940年代の戦時中のシーンでは、マリアは地味なコートとスカーフをまとい、質素なメイクで無垢な若妻を表現。ヘアスタイルはシンプルなシニョンで、戦時下の厳しさを反映しています。戦後、バーのホステスとして働く時期には、鮮やかな赤や緑のドレスを着用し、口紅やアイライナーを強調したメイクで、女性らしさと生存のためのしたたかさを際立たせます。髪はゆるやかなウェーブで、1940年代後半のグラマラスな雰囲気を醸し出します。
物語が進み、マリアが実業家の愛人として成功を収める1950年代には、衣装は一層洗練されます。テーラードスーツやエレガントなドレス(特に黒や白を基調としたもの)が登場し、戦後の経済復興(「経済の奇跡」)を象徴。メイクは洗練され、赤い口紅と整った眉が特徴的で、ヘアスタイルは短めのボブやアップスタイルに変化し、モダンで自信に満ちた女性像を強調します。衣装デザイナーのバルバラ・バウムは、マリアの変貌を視覚的に表現するため、時代ごとの流行とキャラクターの内面的成長を巧みに融合させました。シグラの自然な美しさ(特に銀髪になる前のブロンドの髪と青い瞳)が、これらのスタイルを一層引き立て、観客に強い印象を与えました。
解説
『マリア・ブラウンの結婚』は、ファスビンダーの「BRD(西ドイツ)三部作」(他に『ローラ』『ヴェロニカ・フォスの欲望』)の第一作であり、戦後西ドイツの「経済の奇跡」を背景に、個人と社会の矛盾を描いた作品です。マリアの物語は、愛と犠牲を通じて物質的成功を追求する女性の姿を通じて、戦後ドイツの繁栄の裏に潜む道徳的・精神的空虚さを浮き彫りにします。ファスビンダーは、マリアを「ドイツそのもの」と位置づけ、彼女の自己犠牲を国家の復興と重ね合わせました。映画のラストシーンは、1954年のワールドカップ優勝のラジオ放送と並行し、ドイツの繁栄と個人の悲劇の対比を象徴的に示します。
視覚的には、ファスビンダーの特徴であるメロドラマ的要素(ダグラス・サークに影響を受けた)が強く、劇的な照明や構図が感情を強調。音楽はペール・ラーベンのミニマルなスコアで、マリアの内面の孤独を際立たせます。映画は、フェミニズム的視点からも注目され、マリアの主体性と同時に、男性社会での限界を描いた点で議論を呼びました。批評家からは、ドイツ新世代映画の金字塔として高く評価され、商業的にも成功。世界的に配給され、ファスビンダーとシグラの名を国際的に広めました。
キャスト
- ハンナ・シグラ(マリア・ブラウン):主人公。愛と野心で戦後を生き抜く女性。
- クラウス・レーヴィッチ(ヘルマン・ブラウン):マリアの夫。控えめだが献身的なキャラクター。
- イヴァン・デスニー(カール・オズヴァルト):マリアの愛人でフランス系実業家。
- ジョージ・バード(ビル):アメリカ兵。マリアの戦後の恋人。
- ギュンター・ランピ(ヴェッツェル):マリアの同僚で友人。
- エリーザベト・トリッセナール(ベッティ):マリアの親友。
- ゴットフリート・ジョン(ヴィリー):マリアの友人。
ファスビンダーの常連俳優が多く出演し、シグラを中心にアンサンブルが物語のリアリティを支えました。
スタッフ
- 監督・脚本:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。ドイツ新世代映画の旗手。本作は彼の代表作の一つ。
- 原案:ペーター・メルテスハイマー、ピーア・フローーリヒ。
- 撮影:ミヒャエル・バルハウス。劇的なライティングと流れるようなカメラワークで知られる。
- 音楽:ペール・ラーベン。ミニマルで情感豊かなスコア。
- 編集:ユリアーネ・ローレンツ、フランツ・ヴァルシュ。ファスビンダーの信頼厚い編集者。
- 衣装デザイン:バルバラ・バウム。時代ごとの変化を巧みに表現。
- 製作:ミヒャエル・フェンゲル、ヴォルフ=ディートリヒ・ブルック。
スタッフはファスビンダーの長年のコラボレーターで構成され、彼のビジョンを具現化。バルハウスの撮影は特に評価され、後のハリウッド進出(『グッドフェローズ』など)の礎となりました。
総括
『マリア・ブラウンの結婚』は、戦後ドイツの複雑な時代を背景に、マリアの愛と犠牲を通じて個人と社会の葛藤を描いた傑作です。ハンナ・シグラの圧倒的な演技は、物語の感情的・視覚的中心であり、彼女の衣装とメイクはキャラクターの成長を象徴。ファスビンダーの演出とスタッフの技術が融合し、ドイツ映画史に残る名作となりました。映画は、物質的成功と内面的喪失の対比を通じて、現代社会にも通じる普遍的なテーマを投げかけます。



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