ここでは、フェミニズムの影響を強く受けた映画（フェミニスト映画）を分析していきます。
フェミニスト映画とは、フェミニズムの理論や視点に基づき、女性の経験、ジェンダー役割、社会的不平等を描く映画ジャンルです。この分野は、1970年代の第二波フェミニズム運動と連動して発展し、従来の男性中心的なハリウッド映画に対する批判から生まれました。代表的な理論家であるローラ・マルヴィの「視覚的快楽とナラティブ映画」では、女性がしばしば「見られる対象」として描かれる「男性のまなざし」を指摘しています。
フェミニスト映画の特徴として、女性の主体性を強調し、ステレオタイプを崩すストーリーテリングが挙げられます。例えば、女性監督による作品が多く、ジェンダー差別、性的搾取、女性のエンパワーメントをテーマに扱います。古典的な例として、シャンタル・アケルマンの『ジャンヌ・ディエルマン』（1975年）は、日常の家事労働を通じて女性の抑圧を描き、革新的な時間表現で注目されました。現代では、パティ・ジェンキンスの『ワンダーウーマン』（2017年）のように、女性ヒーローを中心に据えたブロックバスターもフェミニスト的解釈を受けています。
このジャンルは、映画理論や批評を進化させ、多様なジェンダー表現を促進しています。ただし、フェミニズムの多様性（交差性フェミニズムなど）により、定義は柔軟です。全体として、フェミニスト映画は社会変革を促すツールとして機能し、観客にジェンダー問題への意識を喚起します。
テルマ&ルイーズ（1991年）
『テルマ&ルイーズ』は、リドリー・スコット監督によるロードムービーで、1991年に公開された作品。脚本はカリー・クーリによるもので、スーザン・サランドンとジーナ・デイヴィスが主演を務め、アカデミー賞脚本賞を受賞しました。
この映画は、フェミニズムの第二波の影響を強く受け、女性のエンパワーメントと男性中心社会への反逆をテーマに描いています。
プロットは、週末旅行に出かけた主婦のテルマ（デイヴィス）とウェイトレスのルイーズ（サランドン）が、バーでの強姦未遂事件をきっかけに逃亡生活を送るというものです。彼女たちは次第に自由を獲得し、犯罪者として追われながらも、友情と自己発見の旅を続け、最終的にグランドキャニオンで自決する衝撃的なエンディングを迎えます。この結末は、女性が社会の制約から逃れるための究極の選択として解釈され、フェミニスト批評でしばしば議論されます。
フェミニズムの観点から、この作品は女性の抑圧と抵抗を象徴的に描いています。まず、女性の視線（female gaze）を強調し、男性中心のハリウッド映画の規範を崩します。伝統的なロードムービーは男性の冒険を描くものが多かったのに対し、ここでは女性二人が主人公で、男性キャラクターは脇役に徹します。テルマの夫ダリルは支配的な家父長制の象徴として描かれ、ルイーズの過去のトラウマは女性に対する性的暴力の現実を反映しています。
映画は、女性が「良い妻」や「犠牲者」として生きることを拒否し、銃を手にして自衛する姿を通じて、エンパワーメントを表現します。
しかし、一部の批評家は、この「復讐の物語」が女性を罰する形で終わる点を問題視し、女性の解放が死によってしか達成されないのは、フェミニズムの限界を示すと指摘します。例えば、マーガレット・カールソンのタイム誌の論説では、フェミニスト的な感性に欠けると批判されていますが、逆にこれが女性の現実的なジレンマを浮き彫りにすると擁護する声もあります。
影響力として、公開から30年以上経った今も、フェミニスト映画の古典として引用されます。女性の友情と反逆がテーマの作品が増えた背景にあり、#MeToo運動以降、再評価されています。批評では、家父長制と資本主義の交差を分析する視点もあり、女性のイメージ構造をフェミニスト理論で解剖する研究が存在します。この映画は、女性が「犯罪者」として描かれることで、社会のジェンダー規範を逆手に取り、観客に解放の可能性を提示します。ただし、現代の視点からは、人種や階級の多様性が不足している点が指摘されます。
ワンダーウーマン（2017年）
『ワンダーウーマン』は、パティ・ジェンキンス監督によるDCコミックス原作のスーパーヒーロー映画で、2017年に公開されました。
ガル・ガドットが主人公ダイアナ・プリンス（ワンダーウーマン）を演じ、興行収入8億ドル超を記録し、女性監督による史上最高のヒット作となりました。プロットは、アマゾン族の島セムシラで育ったダイアナが、第一次世界大戦中の人間界に降り立ち、戦争の神アレスを倒すために戦うというものです。彼女の旅は、無垢な理想主義から現実の複雑さを学ぶ成長物語として描かれ、愛と正義のテーマが強調されます。
フェミニズムの観点では、この作品は女性のエンパワーメントを象徴的に表現します。セムシラ島は女性だけのユートピアとして描かれ、男性中心の戦争社会との対比が鮮明です。ダイアナは、伝統的な女性像（慈悲深さ）と戦士の強さを兼ね備え、男性の視線を逆手に取った「subversive feminism」（転覆的なフェミニズム）を体現します。例えば、彼女のコスチュームは力強さを強調し、戦闘シーンでは女性の身体性をポジティブに描きます。しかし、批評では白人中心のフェミニズム（white feminism）と指摘され、人種的多様性の欠如や、戦争の文脈でのオリエンタリズムが問題視されます。また、愛の力が戦争を解決するという結末は、女性を「より良い暴力」で男性を救う存在として位置づけ、伝統的なジェンダー役割を強化するとの批判もあります。
影響として、#MeToo直前の公開で女性ヒーローのブームを呼び、ジェンダー平等の議論を促進しました。フェミニスト批評では、コミック原作のフェミニスト起源（ウィリアム・モールトン・マーストンによる女性優位の理想）を現代的に再解釈した点が評価されますが、2010年代の映画版が1970年代のTVシリーズよりステレオタイプを増幅したとの分析もあります。この作品は、女性監督の台頭を象徴し、ポストフェミニズムの文脈でジェンダー・ダイナミクスを探求します。
バービー（2023年）
『バービー』は、グレタ・ガーウィグ監督による2023年のコメディ映画で、マテル社のバービー人形を基にしています。マーゴット・ロビーがステレオタイプ・バービーを、ライアン・ゴズリングがケンを演じ、興行収入14億ドル超を記録しました。プロットは、バービーランドという女性中心のユートピアで暮らすバービーが、現実世界のジェンダー問題に直面し、自己発見の旅をするというものです。映画は、ポップで風刺的なスタイルで家父長制を批判します。
フェミニズムの観点では、第四波フェミニズムの影響を受け、多様な女性像とパトリアルキーの風刺を描きます。バービーランドは女性のエンパワーメントを象徴し、現実世界の性差別を暴露します。例えば、ケンが家父長制を輸入するシーンは、男性の特権をユーモラスに批判します。しかし、白人中心のフェミニズム（white feminism）とされ、人種や階級の交差性を無視する点が批判されます。また、母親の役割を娘の達成の手段として描く「faux-feminism」（偽のフェミニズム）との声もあり、消費主義と結びついた浅いメッセージが問題視されます。一方で、ジェンダー規範の再定義を試みる点は評価され、女性の多様な「彼女はすべて」というスローガンがポジティブに受け止められています。
影響として、ポップカルチャーでのフェミニズム普及に寄与し、保守派からの反発を呼んだことで議論を活発化しました。この映画は、フェミニズムをエンターテイメント化し、若い世代にアクセスしやすくした点が特徴です。
エイリアン（1979年）
『エイリアン』は、リドリー・スコット監督による1979年のSFホラー映画で、シガニー・ウィーバーがエレン・リプリーを演じました。プロットは、宇宙船ノストロモ号の乗組員がエイリアンの寄生生物に襲われ、リプリーが唯一の生存者として戦うというものです。この作品は、ホラー要素を通じてジェンダー問題を掘り下げています。
フェミニズムの観点では、第二波フェミニズムの産物として、女性の強さと家父長制の批判を描きます。リプリーは、ジェンダーニュートラルなキャラクターとして設計され、男性中心のクルーの中でリーダーシップを発揮します。エイリアンは、女性の生殖恐怖を象徴し、資本主義の搾取と結びついたエコフェミニズムの解釈もあります。例えば、寄生と出産のメタファーは、女性の身体を脅かす男性優位社会を表します。しかし、シリーズ全体ではフェミニズムの矛盾が指摘され、リプリーが男性性を模倣して生き残る点が本質主義的と批判されます。
影響として、女性主人公のホラー映画の先駆けとなり、フェミニスト映画理論に貢献しました。公開当時、フェミニストプロパガンダとの批判もありましたが、今もジェンダー規範の打破として評価されます。
レディ・バード（2017年）
『レディ・バード』は、グレタ・ガーウィグ監督の2017年の自伝的コメディドラマで、シアーシャ・ローナンがクリスティン（レディ・バード）を演じました。プロットは、カリフォルニアの高校生レディ・バードが、母親との葛藤や恋愛、進路を通じて成長する物語です。
フェミニズムの観点では、女性の視点（female gaze）を強調し、家父長制の制約から脱する女性のアイデンティティを探求します。母親娘関係の複雑さが中心で、女性の感情をリアルに描きます。しかし、白人中心のフェミニズムと批判され、人種的多様性の欠如が指摘されます。フェミニスト・アイデンティティ開発モデルで分析すると、レディ・バードは全ての段階を通過せず、限定的なフェミニズムを示します。
影響として、女性監督の台頭を象徴し、#MeToo後のポストフェミニズム議論を促進しました。この作品は、女性の成長を多角的に描き、ジェンダー規範の挑戦として評価されます。
レビュー 作品の感想や女優への思い