『見えない存在』(2017年)はティーンエイジャーの予期せぬ妊娠をテーマに、アルゼンチンの社会問題を扱った、アルゼンチン・フランス合作映画。17歳の少女エリーは、ペットショップで働きながら学校に通う日常を送っています。しかし、妊娠が発覚し、内面的な葛藤に苛まれます。アルゼンチンで中絶が違法な中、彼女は一人で苦しい決断を迫られます。この映画は、少女の孤独と社会の無関心を描いた静かなドラマ。
基本情報
- 邦題:見えない存在
- 原題:Invisible
- 公開年:2017年
- 製作国・地域:アルゼンチン、フランス
- 上映時間:87分
- ジャンル:ドラマ
見えない存在 – ヴェネツィア国際映画祭公式予告編(新着)
女優の活躍
映画『見えない存在』の主演を務めるモラ・アレニラスは、17歳の少女エリーを演じています。彼女の演技は、映画の中心を成す内面的な葛藤を微妙な表情の変化で表現しており、批評家から高い評価を受けています。カメラが長時間彼女の顔を捉えるクローズアップシーンでは、恐れや苛立ち、疑問を最小限の動きで伝え、観客に強い印象を与えます。
アレニラスは、デビュー作に続く2作目でこの役を演じ、主人公の受動的な外見の裏側に潜む道徳的な嵐を体現しています。彼女の演技は、対話が少ない脚本の中で特に際立ち、感情の複雑さを視覚的に描き出しています。たとえば、母親に対する怒りを爆発させるシーンでは、普段の静かなエリーとは対照的な活発さを示し、内面的な目覚めを効果的に表現します。
全体として、アレニラスのパフォーマンスは映画の感情的な論理を支え、ティーンエイジャーの孤独を深く伝えるものとなっています。彼女の存在感は、物語の静かな心を揺さぶる力を持っています。また、他の女優たちも脇を固めています。マラ・ベステリは、エリーの母親を演じ、うつ状態の役柄を繊細に描き出します。アグスティナ・フェルナンデスは友人ロレナとして、エリーの唯一の支えを自然に体現します。これらの女優たちの活躍が、物語のリアリズムを高めています。
アレニラスをはじめとする女優陣は、監督のパブロ・ジョルジェリのスタイルに適合した演技を披露します。長いテイクの中で、彼女たちは内省的な演技を求められ、それを成功裏に果たしています。このような活躍により、映画は芸術映画祭で好評を博しました。
女優の衣装・化粧・髪型
モラ・アレニラス演じるエリーの衣装は、アルゼンチンの下層中産階級のティーンエイジャーを反映したシンプルで現実的なものが中心です。学校の制服や日常着として、ゆったりとしたシャツやジーンズ、控えめな色合いの服が使用され、派手さを避けたデザインとなっています。これにより、彼女の平凡で抑圧された生活が視覚的に強調されます。
化粧については、自然主義を重視した最小限のものが施されています。エリーの顔はほとんど素顔に近く、軽いファンデーションやリップのみで、10代の少女らしい無垢さと疲労感を表現します。映画のテーマである内面的な苦悩を、過度なメイクアップではなく、素の表情で描くためにこの選択がなされています。
髪型は、ストレートで肩までの長さのシンプルなスタイルが主で、特別なアレンジを加えていません。日常シーンでは緩く結んだり、自然に下ろしたりしており、少女の孤独と無力感を象徴します。このような衣装、化粧、髪型は、映画のリアリズムを支え、主人公の内面的な変化を外見の変化ではなく演技で焦点化しています。
他の女優たちも同様に、自然な装いが採用されています。母親役のマラ・ベステリは、家着のようなゆったりとした服と無造作な髪型で、うつ状態を表現します。友人役のアグスティナ・フェルナンデスは、カジュアルなティーンスタイルで、エリーの日常を共有する存在感を示します。これらの要素は、全体のストーリーテリングを強化します。
あらすじ
17歳の少女エリーは、母親と二人で暮らしています。母親はうつ病で家から出られず、エリーは学校に通いながらペットショップでパートタイムの仕事をして家計を支えています。彼女の日常は単調で、授業に退屈し、店主の息子と時折関係を持つものの、それも機械的で喜びを感じません。
ある日、エリーは妊娠していることを知ります。アルゼンチンでは中絶が違法のため、彼女は大きな衝撃を受けます。内面的に混乱しながらも、外見上は普段通りの生活を続けようとします。友人ロレナにだけ相談し、処方薬を入手する方法を探りますが、経済的な負担とリスクに直面します。
エリーは当初、子供を産まない決意をしますが、徐々に心が変わっていきます。負傷した犬を看護する経験を通じて、母性本能が芽生え始めます。周囲の無関心な社会、テレビやラジオの無意味な情報に囲まれ、彼女は一人で苦悩します。母親との関係も悪化し、怒りを爆発させる場面もあります。
最終的に、エリーは病院のベッドで決断を下します。物語は、彼女の内面的な移り変わりを静かに描き、妊娠の道徳的複雑さと社会の無視を浮き彫りにします。エリーは、人生の重要な選択を一人で背負うことになります。
解説
映画『見えない存在』は、ティーンエイジャーの予期せぬ妊娠をテーマに、アルゼンチンの社会問題を扱っています。監督のパブロ・ジョルジェリは、デビュー作『ラス・アカシアス』に続く作品として、自然主義的なスタイルを採用します。長いテイク、クローズアップ、最小限の対話により、主人公の内面的な葛藤を強調します。
映画のタイトル「見えない存在」は、エリーが社会から見過ごされる存在であることを示します。国家や教育機関、メディアは彼女の苦しみに無関心で、経済格差や中絶の違法性が少女の孤独を増幅します。この点で、単なる中絶ドラマではなく、社会批判の側面を持っています。
脚本は、妊娠発覚後のエリーの心の変化を細やかに描きます。すべてのシーンが彼女の決断に影響を与え、観客に感情的な緊張を与えます。たとえば、バスで聞こえる子供の泣き声や、犬の看護シーンが母性を象徴し、物語の深みを加えます。
視覚的には、厳格な構成が特徴です。対話が少なく、主人公の表情で物語を進めるため、演技の質が重要となります。全体として、静かな心の揺らぎを描いた作品で、芸術映画祭で評価されました。アルゼンチンとフランスの合作により、国際的な視点も取り入れられています。
この映画は、若者の孤独と選択の重さを問いかけます。現実の厳しさを淡々と描き、観客に深い余韻を残します。ジョルジェリの監督手法は、ルーマニア・ニューウェーブのようなリアリズムを思わせ、感情の純粋さを追求します。
アルゼンチンの中絶法改正の背景
アルゼンチンの中絶法改正は、2020年12月に法27.610が可決されたことで実現しました。この法律は、妊娠14週までの任意の中絶を合法化し、強姦や健康リスクの場合には妊娠期間の制限を設けない内容です。この改正は、長年にわたる社会運動と法的な進展の結果であり、女性の権利と公衆衛生の観点から重要な転換点となりました。
歴史的背景
アルゼンチンでは、19世紀後半から中絶が犯罪とされ、1880年代に施行された刑法で規制されてきました。刑法第86条により、強姦や妊婦の生命・健康へのリスクの場合にのみ中絶が許可されていましたが、実際の適用は厳格で、司法手続きが必要でした。これにより、多くの女性が秘密裏の中絶を選択し、健康被害や死亡リスクを負う状況が続きました。
2012年の最高裁判所判決(FAL判決)では、強姦例外の範囲を拡大し、すべての女性に適用可能とし、健康リスクを広義に解釈するよう指示しました。この判決は、国際人権基準を基に中絶を人権として位置づける重要な前進でした。
社会・政治的文脈
改正の背景には、社会的不平等とジェンダー問題が深く関わっています。公式統計によると、2013年には中絶関連の入院が5万3千件に上り、その15%が青少年でした。秘密の中絶は、低所得層や地方在住の女性に特に負担を強いるもので、公衆衛生上の深刻な課題でした。また、2002年の性健康法が存在するにもかかわらず、中絶の刑事罰が障壁となり、アクセスが制限されていました。
こうした状況に対し、フェミニスト運動が変革の原動力となりました。2015年に始まった「Ni Una Menos」運動は、ジェンダー暴力反対を掲げ、中絶権を構造的暴力の一形態として位置づけ、社会的なスティグマを解消する「社会的非犯罪化」を推進しました。この運動は、労働組合、人権団体、医療従事者を巻き込み、広範な市民参加を促しました。
立法プロセスと主要な要因
2005年に設立された「国家中絶権キャンペーン」は、毎年議会に合法化法案を提出し続けました。2018年には、マウリシオ・マクリ大統領の下で初めて議会審議が行われ、下院で可決されたものの上院で否決されました。この議論は、国民の意識を高め、緑のハンカチを象徴とする「緑の波」運動を拡大させました。
2020年、アルベルト・フェルナンデス大統領が公約通り政府主導の法案を提出し、下院・上院双方で可決されました。改正の成功要因として、憲法解釈の進化(国際法の影響による人権重視)、司法の進歩的アプローチ、社会運動の持続的な圧力、そして政治的意志が挙げられます。これにより、中絶は道徳的問題から人権問題へと再定義されました。
改正後の影響
改正後、2021年から施行された法律は、10〜14歳の少女の出産率低下や予防可能な死亡減少に寄与しています。ただし、地方ごとの実施格差や保守派の抵抗が存在し、継続的な監視が必要です。この改正は、ラテンアメリカ地域の他の国々に影響を与え、女性の身体的自律権を強化する国際的なモデルとなっています。
キャスト
- エリー:モラ・アレニラス
- 母親:マラ・ベステリ
- ラウル:ディエゴ・クレモネシ
- ロレナ:アグスティナ・フェルナンデス
- グロリア:パウラ・フェルナンデス・ムバラク
- ディスコの少年:エリック・グティエレス
- 学校の校長:ファビアン・アレニラス
スタッフ
- 監督:パブロ・ジョルジェリ
- 脚本:パブロ・ジョルジェリ、マリア・ラウラ・ガルガレラ
- 製作:フアン・パブロ・ミラー、アリエル・ロッテル
- 撮影監督:ディエゴ・ポレリ
- 美術監督:アイリ・チェン
- 衣装デザイナー:ラウラ・ドナリ
- 編集:マリア・アストラウスカス



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