リンゼイ・ボン(Lindsey Vonn)はアメリカ合衆国出身のアルペンスキー選手。
オリンピック金メダリストとして知られ、2010年バンクーバーオリンピックで滑降金メダルとスーパー大回転銅メダルを獲得。ワールドカップでは総合優勝4回、滑降種目別優勝8回を記録し、通算83勝という女子最多勝利を達成しています。
怪我を繰り返しながらも復帰を果たし、2024年に競技復帰を発表。ファッションや美容分野でも活躍し、メディア露出が多いです。私生活では複数の著名人との交際歴があります。
プロフィール
- 名前:リンゼイ・ボン(Lindsey Vonn)、旧姓:キルドー(Kildow)
- 本名:Lindsey Caroline Vonn (旧姓 Kildow)
- 生年月日:1984年10月18日(41歳)
- 生誕地:アメリカ合衆国ミネソタ州セントポール
- 身長:178cm
- 種目:滑降, スーパーG, 大回転, 回転
- 所属:Vail SSC
ワールドカップ戦歴
- デビュー年:2000年
- 総合優勝:4回(2008年–2010年, 2012年)
- 通算成績:通算83勝(DH 44, SG 28, GS 4, SL 2, CB 5)
- 表彰台回数:140回(DH 68, SG 47, GS 6, SL 5, CB 13, PSL 1)
- 種目別優勝:16回(DH:2008年–2013年, 2015年, 2016年、SG:2009年–2012年, 2015、CB:2010年–2012年)
生い立ち・教育
リンゼイ・ボンは、1984年10月18日にアメリカ合衆国ミネソタ州セントポールで生まれました。本名はリンゼイ・キャロライン・キルドーで、父親のアラン・リー・キルドーと母親のリンダ・アン・クローンの間に生まれました。父親はアイルランド系、母親はドイツ系とノルウェー系の血を引いています。
幼少期をツインシティーズ地域のバーンズビルで過ごし、2歳の頃からスキーを始めました。祖父のドン・キルドーの影響でウィスコンシン州ミルトンでスキーを学び、家族でコロラド州ベイルへの長いドライブ旅行を楽しむ生活を送っていました。
9歳の時にオリンピック金メダリストのピカボ・ストリートと出会い、彼女をメンターとして憧れを抱きました。この出会いがボンのスキーキャリアの原動力となりました。家族は1990年代後半にコロラド州ベイルに移住し、ボンはスキークラブ・ベイルでトレーニングを積みました。伝統的な子供らしい遊び、例えばお泊まり会などを犠牲にしながらも、スキーに集中しました。
教育面では、ミズーリ大学のオンライン高校プログラムを利用して学び、大学学位は取得していませんが、ハーバードビジネススクールのエンターテイメント、メディア、スポーツのビジネスプログラムに参加しました。また、ドイツ語を流暢に話します。
父親はボンを厳しく指導しましたが、2005年の世界選手権での出来事で関係が悪化しました。それでも、ボンの生い立ちは寒冷なミネソタの環境と家族のサポートが基盤となり、プロアスリートへの道を切り開きました。ジュニア時代から国際大会で活躍し、1999年にイタリアのジュニア大会で優勝してナショナルチーム入りしました。この時期の教育とトレーニングが、後の成功の基礎を築いています。
経歴
リンゼイ・ボンの経歴は、2000年11月18日に16歳でワールドカップデビューしたところから始まります。ユタ州パークシティでの滑降レースで初出場し、以降、滑降、スーパー大回転、大回転、回転、複合種目で競いました。2002年のソルトレイクシティオリンピックでは複合で9位となり、注目を集めました。2003年のジュニア世界選手権で滑降銀メダルを獲得し、2004年12月のレイクルイーズ大会滑降でワールドカップ初優勝を果たしました。このシーズン、複数の表彰台を記録し、急成長を遂げました。
2005年のバルディゼール大会滑降優勝では、賞品の牛を飼育するエピソードが話題になりました。2006年のトリノオリンピックでは練習中の負傷を押して滑降8位となり、アメリカ合衆国オリンピック精神賞を受賞しました。2007年のオーレ世界選手権で滑降とスーパー大回転の銀メダルを獲得し、ワールドカップ種目別3位を記録しましたが、前十字靭帯捻挫でシーズンを早めに終了しました。2007年から2010年までワールドカップ総合優勝を3連覇し、2012年にも4回目の総合優勝を達成しました。2009年の世界選手権では滑降とスーパー大回転で金メダルを獲得しました。
2010年のバンクーバーオリンピックでは、滑降金メダルとスーパー大回転銅メダルを獲得しましたが、複合と大回転で途中棄権しました。この頃、AP通信の2010年代表女性アスリートに選ばれました。2011年から2015年にかけて、怪我が相次ぎましたが、復帰を繰り返し、2015年にワールドカップ通算勝利数を更新しました。2018年の平昌オリンピックでは滑降銅メダルを獲得し、2019年に怪我のため引退を発表しました。しかし、2024年に競技復帰を果たし、2025年に41歳で滑降優勝を達成しました。通算ワールドカップ勝利83回、表彰台140回を記録し、女子アルペンスキー界のレジェンドです。
怪我の歴史がボンの経歴を特徴づけています。2013年から2014年に膝の負傷で欠場が多く、2016年から2017年には右腕骨折で出遅れました。それでも、2015-2016シーズンに9勝を挙げ、総合2位となりました。2025年のサンモリッツ滑降優勝やサンバレーでのスーパー大回転表彰台は、年齢を感じさせない活躍を示しています。ボンは2026年冬季オリンピック出場を目指しており、これが自身5度目にして最後の出場となる見込み。
ローレウス世界スポーツ賞女性アスリート賞(2011年)やUSOCスポーツウーマン・オブ・ザ・イヤーなどの受賞も、彼女の功績を物語っています。
服飾・美容
リンゼイ・ボンは、競技中の機能的なスキーウェアだけでなく、オフのファッションと美容で注目を集めています。2010年のスポーツイラストレイテッド水着特集にオリンピアンとして登場し、2016年にはボディペイント、2019年にも再登場しました。これらのグラビアは、彼女の強靭なアスリート体型と美しさを融合させたイメージを確立しました。マキシム誌のホット100リストで59位にランクインしたことも、美容面での人気を高めました。
美容製品のエンドースメントでは、カバーガール、オレイ、パンティーンなどのP&Gブランドと提携し、肌の健康維持をアピールしています。2020年にはハンプトンビューティーと協力してメイクアップラインを開発し、翌年の発売を計画しました。彼女の美容ルーチンは、極端な気象条件下でも肌を守るものを重視しており、長時間持続するメイクを好みます。ファッションでは、ヘッドのレガシーレザージャケットやイリアのリキッドライトセラムを愛用し、オンザスロープとオフのスタイルを区別しています。
エンドースメントブランドには、ビーツバイドレー、ロレックス、オークリー、ハーシー、プロクター&ギャンブル、レッドブルなどが含まれます。これらは、彼女のスポーティでエレガントなイメージを活かしたものです。競技ウェアはヘルメット、ゴーグル、タイトなスーツを着用し、安全性とパフォーマンスを優先しますが、オフではシンプルでスポーティな服装を好みます。こうした服飾と美容の活動が、競技外の収入源となっています。
私生活
リンゼイ・ボンの私生活は、家族と人間関係を中心に展開しています。2007年9月29日に、2002年オリンピアンで元スキー選手のトーマス・ボンとユタ州ディアバレーで結婚しました。夫婦は2011年11月に離婚を発表し、2013年1月に正式に離婚しました。この結婚は約5年半続き、ボンのキャリアに影響を与えました。離婚後、2013年から2015年までゴルファーのタイガー・ウッズと交際し、忙しいスケジュールが原因で破局しました。
2016年後半から2017年11月まで、NFLコーチのケナン・スミスとデートしました。2018年6月からNHL選手のP・K・サバンと交際を開始し、2019年8月に婚約、12月にはボンがプロポーズを返しました。2020年5月にビバリーヒルズのヴィラを購入し、エンジェルシティFCのオーナーになりましたが、同年12月に破局し、友人関係を維持しています。2021年から2025年2月まで、リキュール起業家のディエゴ・オソリオと交際し、シングルに戻りました。
家族面では、2022年8月に母親のリンダ・クローンがALSで亡くなりました。ボンは動物好きで、2005年のバルディゼール優勝賞品の牛オランペを飼育し、2009年にヤギを売却、2014年に子牛を追加して小さな群れを所有しています。オーストリアの農家に預けています。私生活は競技優先ですが、こうした関係と出来事が彼女の精神的な支えとなっています。現在はシングルで、競技復帰に集中しています。
出演作品
- ロー&オーダー(2010年、herself)
- ザ・デイリー・ショー(2010年、guest)
- ザ・コルベア・リポート(2010年、guest)
- Lindsey Vonn:The Climb(2015年、herself)
- ドロップ・ザ・マイク(2018年、herself)
- Lindsey Vonn:The Final Season(2019年、herself)
- ザ・パック(2020年、host)
- One World:Together at Home(2020年、herself)
- Picabo(2022年、herself)
- パスワード(2022年、guest)
- ザ・ジェニファー・ハドソン・ショー(2022年、guest)
- Earnin’ It:The NFL’s Forward Progress(2022年、herself)
- 北京2022冬季オリンピック(2022年、commentator)
- ザ・フューチャー・オブ(2022年、guest)






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