ノラ・ミャオ(苗可秀)は、香港出身の女優。1970年代のカンフー映画でブルース・リーやジャッキー・チェンと共演し、『ドラゴン怒りの鉄拳』のヒロイン役で知られます。ゴールデン・ハーベスト社と契約し、香港・台湾で活躍。1980年代後半に引退後、カナダでテレビ番組のホストを務め、現在はトロントでラジオ番組「Coffee Talk」を主宰。
プロフィール
- 名前:ノラ・ミャオ
- 中国語:苗可秀
- 漢語拼音:Miáo Kěxiù
- 出生名:陳詠嫻(Chan Wing-man)
- 生年月日:1952年1月31日(73歳)
- 出生地:イギリス領香港
- 国籍:カナダ
- 英語名:Nora Miao
- 職業:女優・司会者
- 活動期間:1970年〜現在
- 祖籍:中国広東省南海区
生い立ち・教育
ノラ・ミャオ(苗可秀)は、1952年2月8日に当時イギリス領であった香港で生まれました。彼女は香港の都市部で育ち、幼少期から多文化的な環境に触れながら成長しました。教育に関しては、香港の九龍にあるセント・テレサズ・スクール(St. Teresa’s School Kowloon)に通学し、一般的な学業を修めました。この学校は、地元で評判の良い教育機関であり、彼女の基礎教育を支えたと考えられます。彼女の家族背景については、弟のリッキー・チャンがおり、彼も映画業界に関与していたことが知られていますが、両親や他の家族に関する詳細な情報は公開されていません。
ノラ・ミャオは、芸能界に入る前から演技やパフォーマンスに興味を示していたとされ、セント・テレサズ・スクール在学中に演劇や文化活動に参加した可能性があります。彼女の流暢な広東語と英語力は、香港の国際的な環境で育った背景と教育によるもので、これが後に彼女の多言語を活かしたキャリアに繋がりました。正式な演技訓練の記録は少ないものの、彼女はゴールデン・ハーベスト社との契約を通じて、映画の現場で実践的に演技を学び、香港映画界の第一線で活躍する基盤を築きました。
経歴
ノラ・ミャオの芸能界でのキャリアは、1968年に始まりました。彼女はゴールデン・ハーベスト社と契約を結び、香港と台湾を中心に映画に出演しました。特に1970年代は、香港のカンフー映画ブームの中心にいた女優として知られ、ブルース・リーやジャッキー・チェンといったアクション映画の巨星と共演しました。彼女のデビュー作は1971年の剣戟映画『大刺客』で、この作品で早くも注目を集めました。
彼女のキャリアの頂点は、ブルース・リーの香港での3作品すべてに出演したことです。1971年の『ドラゴン危機一発』では、リーの従姉妹役(町の氷菓子屋の娘)として登場し、家族を守るために戦う姿を演じました。1972年の『ドラゴン怒りの鉄拳』では、ヒロインのユアン(霍麗児) 役を務め、ブルース・リーと唯一のスクリーン上でのキスシーンを共有した女優として知られています。この場面は当時の香港映画では珍しく、彼女の名を一躍有名にしました。同年の『ドラゴンへの道』でも、チェン(チャン・チンワー)役でリーの相手役として重要な役割を果たし、彼女の自然体で魅力的な演技が評価されました。
ブルース・リーの死後、彼女はジャッキー・チェンの初主演作『レッド・ドラゴン/新・怒りの鉄拳』(1976年)に出演し、チェンのヒロイン役を演じました。この作品は、ブルース・リーの『ドラゴン怒りの鉄拳』の続編として製作され、彼女の知名度をさらに高めました。また、台湾の俳優、柯俊雄と複数回共演し、とくにロマンス映画での相性が良いとされ、台湾での人気も確立しました。
1977年にはショウ・ブラザーズ社に移籍し、楚原監督の武侠映画に出演するなど、新たな挑戦を続けました。彼女は日本でも人気があり、1975年に東映映画の社長、岡田茂に招待されて日本を訪れ、映画出演も果たしました。1981年には弟のリッキー・チャンと共に映画製作会社を設立し、プロデューサーとしても活動しましたが、商業的な成功は限定的でした。1980年代後半に女優業をほぼ引退し、1990年代にはカナダのトロントに移住。CFMTチャンネルで夕方のテレビ番組のホストを務め、その後はラジオ番組「Coffee Talk」をCCBCラジオで主宰しています。
彼女のキャリアは、香港映画の黄金期を象徴するものであり、とくにブルース・リーとの共演は、彼女を国際的なスターに押し上げました。日本のファンからも愛され、1970年代のロードショー人気投票で欧米のスターを抑えるほどの人気を誇ったとされています。
私生活
ノラ・ミャオの私生活については、彼女がプライバシーを重視する姿勢から、詳細な情報は限られています。彼女は結婚歴やパートナーに関する公の記録がなく、独身を貫いているとされています。家族に関しては、弟のリッキー・チャンが映画業界で活動しており、1981年に共に映画製作会社を設立したことが知られています。彼女の親族の多くがカナダに移住していたため、彼女自身も1970年代にカナダへの移住を検討した時期があったとされていますが、実際に移住したのは1980年代後半でした。
カナダのトロントへ移住後は、芸能活動を大幅に減らし、1990年代にはCFMTチャンネルでテレビ番組のホストとして活動しました。現在は、CCBCラジオで「Coffee Talk」という番組を主宰し、コミュニティとの繋がりを保ちながら穏やかな生活を送っています。彼女は香港映画界での華やかなキャリアとは対照的に、引退後は静かな生活を選び、メディアへの露出を控えています。
ノラ・ミャオは、1977年にショウ・ブラザーズのスター、傅声と曾江の結婚式にゲストとして出席するなど、香港の芸能界での人脈も豊富でした。彼女の温かみのある性格とプロフェッショナルな姿勢は、共演者やファンから高く評価されています。
出演作品
ノラ・ミャオの出演作品は、1970年代の香港と台湾の映画を中心に、多様なジャンルにわたります。以下は彼女の主な映画作品の一部です。
映画
- 大刺客(1971年):ゴールデン・ハーベストでのデビュー作。剣戟映画で彼女の初期の演技が光る。
- ドラゴン危機一発(1971年):ブルース・リーの香港初主演作で、リーの従姉妹役を演じた。彼女の自然な演技が注目された。
- ドラゴン怒りの鉄拳(1972年):袁盈盈役でブルース・リーと共演。リーとのキスシーンは映画史に残る名場面。
- ドラゴンへの道(1972年):リーの相手役としてローマを舞台に活躍。彼女の国際的な魅力が際立つ。
- レッド・ドラゴン/新・怒りの鉄拳(1976年):ジャッキー・チェンの初主演作でヒロイン役を務め、若手スターとの共演が話題に。
- スネーキー・モンキー 蛇拳(1978年):ジャッキー・チェンとの共演作。武術アクションとユーモアが融合。
- ドラゴン・フィスト(1979年):ジャッキー・チェン主演の武侠映画で、彼女の安定した演技が評価された。
- スカイホーク鷹拳(1974年):国際的な舞台での活躍を見せた。
- メリー・ゴー・ラウンド(2010年):引退後の復帰作。サンフランシスコと香港を舞台にしたドラマで、現代的な役柄を演じた。
- ブルース・フィンガーズ(1976年):ブルース・リーの影響を受けたアクション映画。
- マイ・ブレード、マイ・ライフ(1978年):台湾でのロマンス映画で、柯俊雄と共演。
- ジ・オブセスト(1975年):台湾のロマンス映画で、彼女の情感豊かな演技が光る。
その他の活動
- TV番組:1990年代にカナダのCFMTチャンネルで夕方の番組ホストを務め、コミュニティ向けのコンテンツを提供。
- ラジオ番組:「Coffee Talk」(CCBCラジオ、トロント)。現在も放送中で、彼女の穏やかな語り口が人気。
- 映画製作:1981年に弟リッキー・チャンと設立した映画会社でプロデューサーとして活動。
まとめ
ノラ・ミャオは、1970年代の香港映画界で輝いた女優であり、ブルース・リーの全香港作品やジャッキー・チェンの初期主演作に出演し、国際的な人気を獲得しました。『ドラゴン怒りの鉄拳』でのキスシーンや、柯俊雄との台湾ロマンス映画での共演は、彼女の多才さを示しています。ゴールデン・ハーベスト社との契約を通じて、香港と台湾で活躍し、日本でも多くのファンに愛されました。1980年代後半の引退後はカナダに移住し、テレビやラジオで穏やかな活動を続けています。彼女の作品は、香港映画の黄金時代を象徴し、今なお多くの観客に感動を与えています。




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