『悪女イヴ』(原題:Eve)はジェイムズ・ハドリー・チェイスの1945年の小説で、ハードボイルド調のサスペンス。肉体労働者から劇作家に転身した男が、魔性の女イヴに出会い、破滅の道を歩む物語。盗作の成功と女性の魅力が絡み、心理的な葛藤を描く。娼婦イヴの虜となった男の転落が、ノワール的な緊張感で展開される。
基本情報
- 邦題:悪女イヴ
- 著者:ジェイムズ・ハドリー・チェイス
- 邦訳出版年:1963年、新版 2018年
- 邦訳者:小西宏
- 邦訳出版社:東京創元社
- 原題:Eve(出版年:1945年)
女性の活躍
本作『悪女イヴ』では、女性キャラクターが物語の中心を担い、特に主人公クライヴの運命を左右する重要な役割を果たします。
まず、イヴという女性が魔性の女として登場し、魅力と策略でクライヴを翻弄します。イヴは娼婦として描かれ、男性を誘惑し、利用する積極的な行動を取ります。彼女はクライヴの成功した生活に侵入し、彼の弱みを握って金銭を要求したり、関係を深めたりすることで、クライヴの精神を崩壊させます。イヴの活躍は、単なる被害者ではなく、計算高く男性を操るファム・ファタルの典型で、物語の推進力となります。彼女はクライヴの恋人キャロルを脅迫したり、クライヴ自身を脅すことで、クライヴの人生を破壊的な方向へ導きます。このようなイヴの行動は、女性の強さと危険性を強調し、男性中心の社会で女性が持つ影響力を示しています。
一方、キャロルはクライヴの恋人として登場し、忠実で支えとなる女性像を体現します。彼女はクライヴの成功を喜び、共に暮らす中で彼の秘密を知り、守ろうとします。しかし、イヴの出現により、キャロルは嫉妬や不安に駆られ、クライヴを説得したり、対立したりする活躍を見せます。キャロルはイヴとは対照的に、純粋で献身的な女性ですが、物語後半ではクライヴの転落を止めるために積極的に動き、クライヴの友人たちと協力してイヴの策略を暴こうとします。このように、キャロルはクライヴの救済者として機能し、女性の母性的・保護的な側面を表しています。
また、ゴールディという女性も重要な役割を果たします。彼女はイヴの友人で、娼婦仲間として登場し、イヴの過去や本性を知る人物です。ゴールディはクライヴにイヴの危険性を警告したり、イヴの行動を助けたりする二重の面を持ち、物語に複雑さを加えます。彼女の活躍は、イヴのバックグラウンドを明かすことで、女性たちの連帯や裏切りを描き、クライヴの視点から女性社会の深みを強調します。
さらに、マイナーな女性キャラクターとして、クライヴの周囲の女性たち(例: 劇場の女優やパーティーの出席者)が登場し、クライヴの成功した生活を彩りますが、これらの女性は主に背景として機能し、イヴやキャロルの活躍を引き立てます。
全体として、本作の女性たちは男性の弱さを露呈させる存在として活躍します。イヴのような悪女が物語の悪役を担い、キャロルのような善女が救済を試みる対比が、チェイスの作品らしい緊張感を生み出します。女性の心理描写が細かく、彼女たちの行動がクライヴの内面的崩壊を加速させる点が特徴です。この活躍は、1940年代のノワール文学で女性を単なる装飾ではなく、物語の原動力として描く先駆けと言えます。女性たちがクライヴの人生を支配する形で展開され、クライヴの自滅を促す点が印象的です。イヴの誘惑、キャロルの忠誠、ゴールディの証言が絡み合い、クライヴの運命を決定づけます。このように、女性の活躍は本作の核心であり、男性の視点から見た女性の脅威と魅力がテーマとなっています。
女性の衣装・化粧・髪型
本作では、女性キャラクターの外見描写が物語の雰囲気を高め、特にイヴの魅力が詳細に描かれています。イヴは魔性の女として、魅力的な衣装と化粧でクライヴを誘惑します。彼女の衣装は、タイトなドレスやシルクのガウンが多く、ボディラインを強調するデザインです。例えば、嵐の夜に登場するシーンでは、濡れたドレスが体に張り付き、彼女の曲線美を露わにします。色は赤や黒が基調で、妖艶さを演出します。
化粧は濃い口紅とアイラインが特徴で、唇を強調する赤いリップがクライヴの視線を引きつけます。目元はスモーキーなシャドウで神秘的に仕上げ、頰には軽いルージュを施します。
髪型は金色のロングヘアをウェーブさせて肩に流し、時にはアップスタイルで首筋を露出します。この外見が、クライヴの欲望を掻き立てる要因となります。
キャロルは対照的に、清楚な衣装を着用します。彼女のドレスはシンプルなコットンやウールのワンピースで、淡い色合い(例: 青や白)が多く、日常的な魅力を表します。
化粧はナチュラルで、薄いファンデーションとピンクのリップが中心です。目元はマスカラを軽く使い、自然な印象を与えます。
髪型はショートボブやポニーテールで、機能的かつ可愛らしいスタイルです。このような外見が、キャロルの純粋さを象徴し、イヴの派手さと対比されます。
ゴールディの衣装はイヴに似て派手で、ショートドレスやストッキングを着用します。化粧はイヴより大胆で、赤いネイルとヘビーなアイメイクが特徴です。髪型はダークブラウンのカールヘアで、ボリュームを出してセクシーさを強調します。
これらの描写は、チェイスのスタイルらしく、女性の外見を心理的な武器として用います。イヴの衣装はクライヴの視覚を刺激し、キャロルのそれは安心感を与えます。髪型や化粧の詳細が、キャラクターの性格を反映し、物語の緊張を高めます。例えば、イヴのウェーブヘアが風に揺れるシーンは、クライヴの心を乱します。このように、女性の外見が男性の運命に影響を与える点が、本作の魅力です。
全体として、1940年代のファッションを基調に、ノワール的な妖艶さを加味した描写が特徴的です。
あらすじ
物語は、クライヴ・サーストンという肉体労働者の男から始まります。彼は親しい作家ジョン・ストライカーから、死に際に戯曲の原稿を託されます。クライヴはその原稿を自分の作品として発表し、大成功を収めます。劇作家として名声を得、豪華な生活を手に入れますが、心の奥底では盗作の罪悪感に苛まれます。
そんな中、嵐の夜にクライヴの別荘にイヴという謎の女性とその男が逃げ込んできます。男はすぐに去りますが、イヴは残り、クライヴを魅了します。イヴは美しい娼婦で、クライヴは彼女の虜となり、関係を深めます。
クライヴには恋人のキャロルがおり、彼女はクライヴの成功を支えています。しかし、イヴの出現により、クライヴの生活は乱れ始めます。イヴはクライヴの弱みを握り、金銭を要求します。クライヴはイヴにのめり込み、キャロルを傷つけます。イヴの友人ゴールディが登場し、イヴの過去を明かします。イヴは複数の男性を破滅させてきた女性で、クライヴもその餌食となります。クライヴはイヴを独占しようとしますが、イヴは自由奔放で、クライヴを翻弄します。クライヴの友人メル・ベネットが警告しますが、クライヴは聞く耳を持ちません。
物語はクライヴの転落を描きます。イヴの要求が増え、クライヴは借金を抱え、劇作の質が落ちます。キャロルはクライヴを救おうとイヴに立ち向かいますが、イヴの策略でクライヴは孤立します。クライヴはイヴの男友達と対立し、暴力沙汰に発展します。最終的に、クライヴはイヴの正体を知り、絶望します。イヴはクライヴを捨て、クライヴは自滅的な行動を取ります。物語はクライヴの破滅で終わり、盗作の代償と女性の魅力の危険性を描きます。このあらすじは、心理的なサスペンスが中心で、クライヴの内面描写が詳細です。

『悪女イヴ』パンサー・ブックス版、1962年。表紙絵はチャールズ・ビンガー。
解説
『悪女イヴ』は、ジェイムズ・ハドリー・チェイスの代表作の一つで、1945年に発表されたノワール小説。チェイスはイギリス人作家ですが、アメリカのハードボイルド小説に影響を受け、犯罪や心理描写を基調とした作品を多く執筆しました。本作は、ファム・ファタルのテーマを扱い、男性の弱さを女性の魅力で暴く典型的なノワールです。主人公クライヴの盗作という罪が、イヴという女性との出会いで露呈し、破滅へ向かう過程が緊張感を持って描かれます。チェイスのスタイルは、短い文体と急速な展開が特徴で、本作も例外なく、読者を引き込むテンポの良さがあります。
テーマ的には、成功と虚栄の崩壊が中心です。クライヴの盗作は、現代の著作権問題を予見するような内容で、心理的な葛藤が深く掘り下げられます。イヴはチェイスの悪女像の象徴で、娼婦として描かれることで、社会の暗部を反映します。女性の活躍が男性の運命を決定づける点は、ジェンダー観を批評的に描き、1940年代の文学トレンドを示します。解説として、本作はチェイスの初期作品で、後のスパイ小説への橋渡し役です。映画化もされ、『エヴァ』としてイザベル・ユペールが出演したバージョンがあります。この作品は、チェイスのセンセーショナルな魅力が凝縮され、読者に道徳的な問いを投げかけます。
文学的価値として、チェイスの作品は大衆小説として人気ですが、批評家からは過度な暴力やエロティシズムで批判されることもあります。しかし、本作は心理描写の巧みさで評価され、ノワールの古典です。日本語訳の小西宏版は、原作の緊張感をよく伝え、東京創元社の文庫で広く読まれています。合計で、チェイスの世界観を理解するのに適した一冊です。
登場人物
- クライヴ・サーストン:主人公。元肉体労働者で、盗作により劇作家として成功するが、イヴに翻弄され破滅する。内面的に弱く、欲望に駆られる男性。
- イヴ:魔性の女。娼婦で、クライヴを誘惑し利用する。計算高く、美しい外見で男性を虜にするファム・ファタル。
- キャロル:クライヴの恋人。忠実でクライヴを支えるが、イヴの出現で苦しむ。純粋な女性像。
- ゴールディ:イヴの友人。娼婦仲間で、イヴの過去を知る。クライヴに警告する役割。
- ジョン・ストライカー:クライヴの友人。故人。死に際に戯曲を託し、物語のきっかけとなる。
- メル・ベネット:クライヴの友人。クライヴの転落を心配し、助言する。
- ラッセル:イヴの男友達。クライヴと対立する。
- その他の脇役:劇場関係者やパーティー出席者。クライヴの成功した生活を彩る。
映画化
ジェイムズ・ハドリー・チェイスの小説『悪女イヴ』は、2018年にブノワ・ジャコー監督によりフランス映画『エヴァ』(原題:Eva)として映画化されました。主演はイザベル・ユペールが務め、クライヴ役をギャスパー・ウリエルが演じました。物語は原作を基にし、盗作で成功した劇作家が謎の女性エヴァに翻弄され破滅するサスペンスですが、現代のフランスを舞台に設定が一部変更されています。イザベル・ユペールの妖艶な演技が注目されましたが、原作の緊張感やノワール感が薄れたとの評価もあります。公開は日本でも2018年に行われ、批評は賛否両論でした。
レビュー 作品の感想や女優への思い