認知症は、脳の器質的障害により、記憶力や判断力などの認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす状態を指します。一般的には、加齢に伴う自然な物忘れとは異なり、後天的な脳の変化によって引き起こされる不可逆的な症状です。
概要
世界保健機関(WHO)では、認知症を「慢性または進行性の脳疾患によって生じる記憶、思考、見当識、理解力、計算力、学習能力、言語、判断力の障害」と定義しています。これにより、患者さんは時間や場所、人物の認識が難しくなり、徐々に自立した生活が困難になります。
有病率
認知症の有病率は高齢化社会の進行とともに増加しており、全世界で約5,000万人以上が罹患していると推定され、日本国内では約600万人を超える患者さんがいらっしゃいます。特に、65歳以上の高齢者では約15%が認知症と診断されており、将来的にはさらに増加が見込まれています。
原因疾患
認知症の主な原因疾患には、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などが挙げられます。アルツハイマー型認知症は全体の約60~70%を占め、脳内にアミロイドβやタウ蛋白の異常蓄積が起こることで神経細胞が損傷します。血管性認知症は脳梗塞や脳出血などの脳血管障害が原因で、約20%を占めます。レビー小体型認知症はパーキンソン病と関連し、幻覚や運動障害を伴うことが特徴です。これらの疾患は単独で発症する場合もありますが、混合型も少なくありません。
危険因子としては、高齢、遺伝的要因(例: APOE ε4遺伝子)、高血圧、糖尿病、喫煙、運動不足、難聴などが知られています。また、頭部外傷やうつ病の既往もリスクを高めます。
症状
症状は中核症状と周辺症状(BPSD: Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)に分けられます。
中核症状には、記憶障害(最近の出来事を忘れる)、見当識障害(時間や場所がわからなくなる)、認知機能障害(計算や判断の低下、失語、失認、失行)があります。これらは徐々に進行し、初期段階では軽度の物忘れとして現れます。
周辺症状は患者さんによって異なり、妄想、幻覚、徘徊、睡眠障害、攻撃性、抑うつ、不安などが含まれます。これらの症状は周囲の対応次第で悪化したり軽減したりします。軽度認知障害(MCI)は認知症の前段階で、記憶力の低下が見られますが、日常生活は保たれ、年間10~30%が認知症に移行します。診断には、病歴聴取、認知機能検査(MMSEやMoCA)、画像診断(MRIやPET)、血液検査が行われ、他の疾患を除外します。
治療法
治療法は根本的なものはなく、対症療法が中心です。アルツハイマー型ではコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジルなど)やNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)が症状の進行を遅らせるために用いられます。
周辺症状に対しては非薬物療法(回想法、音楽療法、運動療法)が推奨され、必要に応じて抗精神病薬や抗うつ薬が使用されます。
予防策として、定期的な運動、バランスの取れた食事、社会的交流、知的活動(読書やパズル)が有効とされています。禁煙、血圧・血糖の管理も重要です。家族や介護者の負担も大きく、サポート体制の整備が求められています。認知症は個人差が大きいため、早期発見と個別対応が鍵となります。
認知症の歴史
認知症の歴史は古く、古代から老化現象として認識されていました。古代ギリシャのヒポクラテスは、老化による精神機能の低下を記述しており、中世ヨーロッパでは「老耄(ろうもう)」と呼ばれ、自然の摂理として受け入れられていました。
19世紀中頃まで、認知症は独立した医学的概念ではなく、加齢や精神疾患の一部として扱われていました。近代医学の進歩により、認知症の病態が解明され始めました。1906年、ドイツの精神科医アロイス・アルツハイマーが、51歳の女性患者アウグステ・データーの症例を報告し、脳の老人斑と神経原線維変化を観察しました。これがアルツハイマー病の初報告となり、認知症の主要な原因疾患として位置づけられました。当初は若年発症の希少疾患と考えられていましたが、1960年代の研究で高齢者の認知症の多くが同病態であることが明らかになりました。
20世紀に入り、認知症の分類が進みました。1970年代には、脳血管性認知症が注目され、脳梗塞との関連が指摘されました。1980年代以降、アルツハイマー型の分子生物学的メカニズム(アミロイドカスケード仮説)が提唱され、遺伝子研究が進展しました。1990年代には、レビー小体型認知症が独立した疾患として確立され、パーキンソン病との関連が明らかになりました。日本では、戦後高齢化が進む中で認知症患者が増加し、1973年に有吉佐和子の小説『恍惚の人』がベストセラーとなり、社会的認知が高まりました。
用語については、従来「痴呆」と呼ばれていましたが、差別的なイメージから2004年に厚生労働省の検討会で「認知症」に変更されました。この変更は、早期発見とスティグマの軽減を目的とし、2005年の介護保険法改正で法令に反映されました。
近年では、認知症の予防とケアが重視されています。2012年にWHOが認知症を公衆衛生上の優先課題とし、2015年に日本で「新オレンジプラン」が策定され、早期診断や地域支援の強化が図られました。2023年には「認知症基本法」が成立し、共生社会の実現を目指しています。
歴史的に、認知症は「現代病」と見なされることがありますが、古代の文献やミイラからも症例が確認されており、人類に古くから伴う疾患です。ただし、生活習慣の変化や寿命延長により、現代での発症率が上昇しています。研究では、遺伝子治療やワクチン開発が進んでおり、将来的な治療法の確立が期待されています。
認知症を扱った映画・ドラマ
認知症は、家族の絆や人間の尊厳をテーマにした作品でしばしば取り上げられます。これらの映画やドラマは、症状の現実を描きながら、介護者の苦悩や希望を表現し、視聴者に理解を促します。以下に、代表的な作品をいくつか挙げ、その内容や意義を説明します。
- ぼけますから、よろしくお願いします(2018年):信友直子監督のドキュメンタリー映画で、監督の母親が認知症を発症し、父親が介護する様子を追います。ユーモアを交えながら、夫婦の愛情と日常の変化を描き、認知症のリアルを伝えます。この作品は、家族の視点から認知症の進行を記録し、多くの人に共感を呼びました。Amazonでさがす
- ペコロス母に会いに行く(2013年):森崎東監督による作品で、漫画家の中島京子が原作の小説を基にしています。認知症の母親と息子の交流をコミカルに描き、母の過去の記憶を通じて家族の絆を振り返ります。笑いと涙が交錯する内容で、認知症をポジティブに捉える視点を提供します。Amazonでさがす
- 毎日がアルツハイマー(2012年):関口祐加監督のドキュメンタリーで、監督の母親のアルツハイマー型認知症の日常をユーモラスに記録します。YouTubeで人気を博した動画の劇場版で、認知症の症状を軽やかに描き、介護のヒントも散りばめられています。観る人に元気を与える作品です。Amazonでさがす
- ケアニン〜あなたでよかった〜(2017年):鈴木浩介監督のドラマで、認知症ケアに携わる介護士の物語です。実際の介護現場を基に、患者さんと介護者の関係を描き、専門的なケアの重要性を強調します。認知症の多様な症状と向き合う姿が感動を呼んでいます。Amazonでさがす
- 長いお別れ(2019年):中野量太監督の映画で、中島京子の小説を原作に、認知症の父親と家族の7年間を描きます。蒼井優、竹内結子らが出演し、家族の葛藤と温かさを表現。認知症の進行を丁寧に追い、別れの過程を美しく描いています。Amazonでさがす
- 恍惚の人(1973年):有吉佐和子の小説を原作とした映画で、森繁久彌主演。認知症の老人の介護問題を社会的に取り上げ、ベストセラー小説の映画化としてヒットしました。認知症をテーマにしたパイオニア的作品で、当時の社会に衝撃を与えました。Amazonでさがす
- 『ロマン』(2019年、韓国)
イ・チャンドン監督の作品で、夫婦がともに認知症を発症する物語です。妻の症状から始まる切ない描写が心を揺さぶり、韓国の高齢化社会を反映しています。国際的に評価されたドラマです。Filmarksで確認する - 『オレンジ・ランプ』(2023年)
若年性認知症をテーマにしたドラマで、貫地谷しほりと和田正人が主演。39歳で診断された主人公の夫婦の希望と再生を描き、実話を基にしています。認知症の早期発見の重要性を訴えます。Filmarksで確認する
これらの作品は、認知症の多角的な側面を照らし出し、観る人に理解と共感を促します。ドキュメンタリー形式のものが多く、現実味を帯びていますが、フィクションでも家族の愛情が強調され、希望を描く傾向があります。認知症を扱うことで、社会的なスティグマを減らす役割も果たしています。
まとめ
認知症は、脳の機能低下により生活に影響を及ぼす疾患ですが、適切なケアと予防で進行を遅らせることが可能です。歴史的に老化の象徴として扱われてきた認知症は、現代医学で多様な原因が明らかになり、社会的支援が進んでいます。映画やドラマを通じて、認知症の理解が深まることを期待します。ご家族やご自身が気になる症状がある場合は、早めに専門医にご相談ください。
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