増村保造監督の映画『刺青』(1966年)は、谷崎潤一郎の同名小説を原作とした日本映画。遊郭に売られた娘・お艶が刺青を通じて運命を変える物語。主演・若尾文子の妖艶な演技と増村監督の鮮烈な映像美が融合し、愛と破滅を描く傑作です。
女優の活躍
若尾文子(お艶役)
若尾文子は、本作の主人公・お艶を演じ、その圧倒的な美貌と演技力で観客を魅了しました。彼女は、清純な娘から刺青を背負い妖艶な女性へと変貌するお艶の複雑な心情を、繊細かつ大胆に表現。特に、刺青を彫られる場面での恐怖と覚悟が交錯する表情や、遊女としての妖しさを見せる場面では、彼女の存在感が際立ちます。増村保造監督との長年のコラボレーションにより、若尾は監督の求める「美と破滅」を体現する女優として本作でも輝きを放ちました。彼女の関西弁の軽妙な語り口や、肉体美を活かしたシーンは、物語の濃厚な雰囲気を一層引き立てています。
その他の女優・俳優
脇を固める長谷川明男(清吉役)は、お艶に惹かれる若者として純粋さと情熱を表現し、若尾との化学反応を生み出しました。また、高橋幸治(権八役)や三島ゆり子(お孝役)も、物語の緊張感や人間関係の複雑さを補強する演技を見せています。特に、三島ゆり子の演じるお孝は、お艶への嫉妬と対抗心を滲ませ、物語に深みを加えました。
あらすじ
『刺青』は、商家の娘・お艶(若尾文子)が借金のために遊郭に売られるところから始まります。絶望の中、刺青師・清吉(長谷川明男)に背中に蜘蛛の刺青を彫られ、彼女の美貌と運命が一変。刺青は彼女を妖艶な女性へと変貌させ、遊郭での生活が始まります。お艶は、客として出会った権八(高橋幸治)に心を寄せる一方、遊女・お孝(三島ゆり子)との対立や、清吉との複雑な関係に巻き込まれます。愛と欲望、自由への渇望が交錯する中、お艶は刺青に宿る呪いと運命に翻弄され、破滅的な結末へと突き進みます。物語は、谷崎文学特有の倒錯的な美と人間の業を濃密に描き出します。
解説
『刺青』は、谷崎潤一郎の短編小説(1910年発表)を基に、増村保造監督が独自の美学で映像化した作品です。本作は、谷崎文学の特徴である美と倒錯、官能と破滅をテーマに、刺青という象徴を通じて人間の欲望と運命を探求します。増村監督は、原作の持つ濃厚な情念を、鮮烈な色彩と構図でスクリーンに投影。特に、刺青を彫るシーンの緊迫感や、お艶の肉体美を強調した映像は、視覚的なインパクトが強く、観客に強烈な印象を与えます。
増村監督の演出は、単なる官能的な物語を超え、女性の主体性と社会の抑圧を描く点で際立っています。お艶の刺青は、単なる装飾ではなく、彼女の運命を縛る呪いであり、同時に彼女を解放する力でもあります。この二面性が、物語の中心的なテーマとなり、若尾文子の演技を通じて具現化されています。また、音楽(黛敏郎)や撮影(小林節雄)の効果も大きく、蜘蛛の刺青を象徴するような不穏なBGMや、遊郭の華やかさと暗さを捉えた映像が、物語の雰囲気を一層深めています。
本作は、1960年代の日本映画における女性像の変化や、増村監督の「女性映画」としてのアプローチを象徴する作品でもあります。当時、タブーとされた女性の欲望や主体性を正面から描き、現代でもその大胆な表現が評価されています。谷崎の原作を忠実に再現しつつ、増村独自の解釈を加えた本作は、日本映画史における重要な一作として位置づけられています。
キャスト
- お艶:若尾文子。商家の娘で、遊郭に売られ刺青を背負う主人公。清純さと妖艶さを併せ持つ。
- 清吉:長谷川明男。刺青師で、お艶の背中に蜘蛛の刺青を彫る青年。お艶に惹かれる。
- 権八:高橋幸治。お艶の客として登場し、彼女に愛情を抱く男。
- お孝:三島ゆり子。遊郭の遊女で、お艶と対立する存在。
スタッフ
- 監督:増村保造。日本映画界の巨匠で、欲望と人間関係の複雑さを描く名手。
- 脚本:新藤兼人。谷崎の原作を基に、増村のビジョンに合わせた脚色を担当。
- 原作:谷崎潤一郎。『刺青』(1910年)の著者。美と倒錯を追求した文学者。
- 撮影:小林節雄。増村作品の常連で、鮮烈な映像美を創出。
- 音楽:黛敏郎。不穏で情念的な音楽で、作品の雰囲気を強化。
- 製作:大映。1960年代の日本映画界を牽引した映画会社。
総括
『刺青』は、増村保造監督と若尾文子のコンビによる代表作であり、谷崎潤一郎の文学を基にした官能的かつ心理的な人間ドラマです。若尾の妖艶な演技、増村の鋭い演出、新藤兼人の脚色が融合し、刺青という象徴を通じて愛と破滅を描き出します。映像美と音楽、キャストの熱演が織りなす本作は、1960年代の日本映画の傑作として、今なお高い評価を受けています。谷崎文学のエッセンスを現代的な解釈で昇華させた本作は、観客に深い余韻を残す一作です。
レビュー 作品の感想や女優への思い