映画『秋刀魚の味』は1962年に公開され小津安二郎の遺作となった作品。平山周平は妻を亡くし、娘路子と次男と3人で暮らす。路子の結婚を巡り、孤独と老いを意識する。周平の旧友や恩師の姿を通じて、路子を幸せに送り出す決意をするが、自身は寂しさを抱える。岩下志麻、岡田茉莉子、岸田今日子らが出演。
基本情報
- 邦題:秋刀魚の味
- 公開年:1962年
- 製作地:日本国
- 上映時間:113分
女優の活躍
本作では、複数の優れた女優が重要な役割を果たしており、それぞれの演技が物語の情感を深めています。特に、岩下志麻は平山路子役を演じ、婚期を迎えた娘の複雑な心情を繊細に表現しています。路子は父親の愛情と自身の独立心の間で揺れ動き、結婚への葛藤を自然な演技で体現しており、観客に強い印象を残します。
また、岡田茉莉子は平山秋子役として、家族の支え手としての穏やかな存在感を示し、姉妹の絆を温かく描き出しています。杉村春子は佐久間伴子役で、独身の娘として父親を支える姿を静かに演じ、主人公の周平に自身の将来を重ねさせる重要な役割を担います。伴子の献身的な生き方は、伝統的な家族観を象徴し、杉村のベテランらしい落ち着いた演技が光ります。
他にも、牧紀子の田口房子役は、友人としてのさりげないサポートを、岸田今日子の「かおる」のマダム役は、現代的な女性像をそれぞれ魅力的に演じています。これらの女優たちの活躍により、男性中心の物語に女性の視点が豊かに加わり、全体の深みを増しています。
女優の衣装・化粧・髪型
本作の女優たちの衣装、化粧、髪型は、1960年代の日本社会を反映した控えめで上品なスタイルが特徴です。岩下志麻演じる路子は、日常シーンではシンプルなブラウスやスカートを着用し、化粧は薄く自然な仕上がりで、髪型は肩くらいの長さのストレートヘアを後ろで軽くまとめています。これにより、清楚で家庭的な娘のイメージが強調されます。結婚関連のシーンでは、少しフォーマルなワンピースを着用し、髪をアップにすることで、大人への移行を象徴しています。
岡田茉莉子演じる秋子は、姉らしい落ち着いた服装で、淡い色の着物や洋装を着こなし、化粧は控えめ、髪型はボブカット風の短めスタイルで、安定した家庭婦人の風貌を表しています。杉村春子演じる伴子は、ラーメン店を営む設定から、実用的なエプロン付きの作業着をまとい、化粧はほとんど施さず、髪型は後ろで束ねたシンプルなポニーテールで、質素ながらも凛とした印象を与えます。他の女優たち、例えば牧紀子の房子は、友人らしいカジュアルなブラウスとスカート、薄化粧にウェーブのかかった髪で、親しみやすい雰囲気を醸し出しています。岸田今日子のマダム役は、バーの設定に合わせ、少し華やかなドレスと控えめなメイク、巻き髪で、都会的な洗練さを演出しています。これらの要素は、小津監督の美学である日常の美しさを引き立て、女優たちの自然な魅力を際立たせています。
あらすじ
平山周平は、大手企業の重役を務める初老の男性で、かつては駆逐艦の艦長を経験した過去を持ちます。妻に先立たれ、長女の路子、次男の和夫、そして長男の幸一が時折訪れる3人家族で穏やかに暮らしています。秋の訪れとともに、物語は周平の日常から始まります。旧友の河合秀三が、路子の縁談を持ちかけてきますが、周平は娘が家を出ることを恐れ、及び腰となります。一方、周平の娘路子は、兄の同僚である三浦豊に密かな想いを寄せていますが、三浦には婚約者がいることが明らかになり、路子は密かに涙を流します。
クラス会で恩師の佐久間清太郎と再会した周平は、佐久間が独身の娘・伴子と小さなラーメン店「燕来軒」を切り盛りしながら、侘しく暮らしている姿に触れます。この光景が周平の心に影を落とし、自身の老いと孤独を意識させるきっかけとなります。周平は路子に結婚を勧めるものの、路子は父親の言葉を素直に受け入れず、機嫌を損ねてしまいます。しかし、周平の決意は固く、河合の縁談を再び持ちかけ、見合いをセッティングします。路子は次第にその相手を受け入れ、結婚の運びとなります。
婚礼の日、周平は祝いの席で酒を酌み交わしますが、心の中では娘の旅立ちによる寂しさを抑えきれません。式の後、酔った周平は台所の椅子にひとり座り、秋刀魚の匂いが漂う中、静かに物思いにふけります。家族の変化と自身の人生の終わりを予感させる、切ない余韻が残ります。この物語は、家族の絆と別れの儚さを丁寧に描き出しています。
解説
『秋刀魚の味』は、小津安二郎監督の遺作として知られる傑作で、彼の晩年の作風を象徴する作品です。小津監督は一貫して、家族の日常と変化、特に父親と娘の関係をテーマに描いてきましたが、本作では初老の父親・周平の「老い」と「孤独」が中心的に扱われています。戦後日本の社会変動の中で、伝統的な家族制度が揺らぐ様子を、静かなタッチで表現しています。タイトルにある「秋刀魚の味」は、秋の風物詩として家族の食卓を象徴し、過ぎ去る季節のように人生の儚さを喚起します。
物語の背景には、1960年代初頭の日本経済の高度成長期が反映されており、周平のようなサラリーマンが安定した生活を送る一方で、核家族化の進行がもたらす孤独が浮き彫りになります。佐久間親子のエピソードは、周平の将来を鏡のように映し、娘の結婚が父親の喪失感を強調します。また、路子の恋心の挫折は、若い世代の現実的な選択を表し、結婚が必ずしもロマンスではなく、社会的な必要性から来ることを示唆しています。小津作品の特徴である固定カメラと低アングルの撮影技法が、日常のささやかな出来事を詩的に昇華させ、観客に深い余情を残します。
本作は、芸術祭参加作品として高い評価を受け、小津監督の死後、彼のフィルモグラフィーの締めくくりとして位置づけられます。脚本の野田高梧との共作は、対話の自然さとユーモアを加え、重いテーマを軽やかに扱っています。全体として、人生の無常を静かに受け止める日本人の美学が、丁寧に紡ぎ出されています。この解説を通じて、作品の普遍的な魅力が、現代の観客にも通じることを実感いただけるでしょう。
キャスト
- 平山周平:笠智衆
- 平山路子:岩下志麻
- 平山幸一:佐田啓二
- 平山秋子:岡田茉莉子
- 三浦豊:吉田輝雄
- 田口房子:牧紀子
- 平山和夫:三上真一郎
- 河合秀三:中村伸郎(文学座)
- 佐久間清太郎:東野英治郎(俳優座)
- 河合のぶ子:三宅邦子
- 「かおる」のマダム:岸田今日子(文学座)
- 堀江タマ子:環三千世
- 堀江晋:北竜二
- 「若松」の女将:高橋とよ
- 佐々木洋子:浅茅しのぶ
- 渡辺:織田政雄
- バーの客:須賀不二男、稲川善一
- アパートの女:志賀真津子
- その他:山本多美、小町久代、今井健太郎
- 坂本芳太郎:加東大介(東宝)
- 佐久間伴子:杉村春子(文学座)
- 菅井:菅原通済(特別出演)
- 緒方:緒方安雄(特別出演)
スタッフ
- 監督:小津安二郎
- 脚本:野田高梧、小津安二郎
- 製作:山内静夫
- 音楽:斎藤高順
- 撮影:厚田雄春
- 編集:浜村義康
- 製作会社:松竹(松竹大船撮影所)
- 配給:松竹
レビュー 作品の感想や女優への思い