エンジェル・サルバドーレ（Angel Salvadore）は、マーベル・コミックスの「X-MEN」シリーズに登場するミュータントであり、映画『X-MEN：ファースト・ジェネレーション』（2011年）に登場するキャラクターとして知られています。このキャラクターは、原作コミックと映画で異なる特徴や役割をもち、とくに映画版では独自の解釈が加えられています。
以下では、エンジェル・サルバドーレの映画における背景、能力、ストーリーでの役割、原作との違い、そして文化的・テーマ的意義について詳細に解説します。
基本情報と映画での登場
エンジェル・サルバドーレは、映画『X-MEN：ファースト・ジェネレーション』に初登場し、ゾーイ・クラヴィッツ（Zoë Kravitz）が演じました。この映画は、X-MENシリーズの前日譚として、1962年のキューバ危機を背景に、チャールズ・エグゼビア（プロフェッサーX）とエリック・レーンシャー（マグニートー）の若き日の物語を描いています。エンジェルは、チャールズとエリックが新たに結成するミュータントチームの初期メンバーの一人として登場します。
映画でのエンジェルは、ストリッパーとして働く若い女性として紹介されます。彼女は社会の片隅で生きており、ミュータントとしての能力を隠しながら生活しています。チャールズとエリックが、セレブロ（テレパシー増幅装置）を使ってミュータントを探す中で彼女を見つけ出し、X-MENの結成に参加するよう説得します。エンジェルのキャラクターは、映画の1960年代という時代設定や、ミュータントが社会から疎外されるテーマを体現する存在として描かれています。
能力
エンジェル・サルバドーレのミュータント能力は、昆虫に似た特徴に基づいています。映画では、以下の二つの主要な能力が強調されます。
昆虫型の飛行能力
エンジェルは背中にトンボのような透明な羽を持ち、これを使って飛行することができます。彼女の羽は通常、体内に収納されており、背中にタトゥーのような模様として現れます。必要に応じて羽を展開し、空中を自由に移動することが可能です。この能力は、視覚的に印象的で、彼女の「エンジェル」というコードネームに昆虫的な解釈を与えています。
酸性の唾液
エンジェルは口から強酸性の唾液を吐き出すことができます。この唾液は物体を溶かすほどの威力を持ち、攻撃手段として使用されます。この能力は、映画における彼女の戦闘シーンで特に強調され、敵に対する攻撃や防御に役立ちます。ただし、攻撃力は他のミュータントに比べると限定的で、戦闘での役割は補助的なものにとどまります。
これらの能力は、映画の視覚効果を活用して描かれており、特に羽の展開や飛行シーンは、1960年代のスパイ映画風の雰囲気と融合して、独特の魅力を放っています。しかし、彼女の能力は、他の主要キャラクター（例：ハヴォックのエネルギー放出やバンシーの超音波）に比べると、戦闘でのインパクトは控えめです。
映画での役割とストーリー展開
エンジェル・サルバドーレのストーリーにおける役割は、X-MENチームの初期メンバーとしての参加と、その後の裏切りという二つの局面で特徴づけられます。
X-MENチームへの参加
映画の序盤、チャールズとエリックは、セバスチャン・ショウ率いるヘルファイア・クラブに対抗するため、各地のミュータントをスカウトします。エンジェルは、ストリッパーとして働くクラブで彼らに発見されます。彼女は当初、自分の能力を隠して生活しており、ミュータントとしてのアイデンティティに複雑な感情を抱いています。チャールズの説得により、彼女は他の若手ミュータント（ハヴォック、バンシー、ダーウィン、ミスティーク）とともに、ディヴィジョンX（CIAのミュータント研究部門）に参加します。
この時点で、エンジェルはチームの一員として、能力のコントロールや戦闘訓練に取り組みます。彼女の飛行能力は、チームの移動や偵察に有用であり、特にバンシーとの空中戦のシーンでは、彼女の能力が視覚的に際立ちます。しかし、彼女のキャラクターは、チーム内での結束や友情よりも、個人主義的で自己保身的な側面が強調されます。これは、後の彼女の行動の伏線となります。
ヘルファイア・クラブへの寝返り
物語の中盤、ヘルファイア・クラブ（ショウ、アザゼル、リップタイド、エマ・フロスト）がディヴィジョンXを襲撃します。この襲撃の際、ショウは若いミュータントたちに、X-MENではなく自分たちの側につくよう誘惑します。エンジェルは、ショウの「ミュータントが支配する世界」というビジョンに惹かれ、ヘルファイア・クラブに寝返ります。この決断は、彼女のキャラクターに深みを与える一方で、観客に賛否両論を呼ぶものでした。
エンジェルの寝返りは、彼女がX-MENの理想（人類とミュータントの共存）に完全にコミットしていなかったことを示します。彼女の背景（社会から疎外されたストリッパーとしての生活）は、ショウの約束する「力と自由」に魅力を感じる理由として理解できます。しかし、映画では彼女の内面や動機が深く掘り下げられていないため、この選択が唐突に感じられる場合もあります。
キューバ危機とその後
映画のクライマックスであるキューバ危機では、エンジェルはヘルファイア・クラブの一員としてX-MENと対峙します。彼女はバンシーと空中戦を繰り広げ、酸性の唾液を使って攻撃しますが、X-MENのチームワークに圧倒されます。最終的に、ショウが倒され、ヘルファイア・クラブは敗北。エンジェルはエリック（マグニートー）とともにその場を去り、ブラザーフッド・オブ・イビル・ミュータンツの初期メンバーとなります。
映画『X-MEN：ファースト・ジェネレーション』以降、エンジェル・サルバドーレはシリーズに再登場しません。ただし、「X-MEN:フューチャー&パスト」（2014年）では、彼女が1973年以前に死亡したことが示唆されています。ミスティークがボリバー・トラスクのオフィスに侵入するシーンで、トラスクのミュータント人体実験の記録にエンジェルの羽が映し出されており、彼女がセンチネル計画の実験被害者となった可能性がほのめかされます。この点は、彼女の物語に悲劇的な結末を与え、ミュータント迫害の残酷さを強調する要素となっています。
原作コミックとの比較
エンジェル・サルバドーレは、原作コミックでもX-MENのキャラクターとして登場しますが、映画版とはいくつかの点で異なります。以下に、主要な違いを整理します。
原作での初登場と背景
原作のエンジェル・サルバドーレは、2001年のコミック「X-MEN」#118（ライター：グラント・モリソン、作画家：イーサン・ヴァン・サイバー）で初登場します。彼女は14歳の少女として描かれ、ミュータント能力が発現したことで家族から疎外され、孤独な生活を送っています。ある日、繭の中で目覚め、背中にハエのような羽と酸を吐く能力を得ます。この変化に戸惑いながらも、彼女はU-メン（ミュータントの能力を奪う人間の集団）に捕らえられますが、ウルヴァリンに救出され、エグゼビア学園に加入します。
原作のエンジェルは、ティーンエイジャーとしての不安定さや、ミュータント社会での居場所を求める姿が強調されます。彼女は学園で他の若いミュータント（例：ビーク）と交流し、恋愛や友情を通じて成長します。また、後に彼女は出産し、ミュータントの子供を育てる母親としての側面も描かれます。
能力の違い
原作のエンジェルの能力は、映画とほぼ同じ（飛行と酸の吐き出し）ですが、細部が異なります。原作では、彼女の羽はハエに似ており、昆虫的な外見がより強調されます。また、彼女の酸は映画ほど強力ではなく、補助的な攻撃手段です。さらに、原作では彼女が複数の卵を産む能力（昆虫のような生殖能力）も示唆され、物語に独特の要素を加えています。
ストーリーと役割
原作のエンジェルは、X-MENのメンバーとして比較的長期間活躍し、エグゼビア学園での生活を通じて自己受容や仲間との絆を学びます。一方、映画では彼女の登場は「ファースト・ジェネレーション」に限定され、裏切り者としての役割が中心です。原作のエンジェルは、チームへの忠誠心や成長が描かれるのに対し、映画では彼女の動機や内面が十分に掘り下げられず、ヴィラン寄りのキャラクターとして扱われます。
名前と「エンジェル」の混同
映画と原作の両方で、エンジェル・サルバドーレは「エンジェル」というコードネームを使用しますが、X-MENにはもう一人の「エンジェル」（ウォーレン・ワージントン三世）が存在します。ウォーレンは、鳥のような白い羽を持ち、初代X-MENのメンバーとして知られています。映画「X-MEN:ファイナル・ディシジョン」や「X-MEN:アポカリプス」では、ウォーレンがエンジェル（またはアークエンジェル）として登場し、エンジェル・サルバドーレとは異なるキャラクターとして描かれます。
この「エンジェル」という名前の重複は、ファンの間で混乱を招くことがあり、特に映画では両者の違いが明確に説明されていません。エンジェル・サルバドーレの昆虫的な特徴は、ウォーレンの天使的なイメージとは対照的で、映画製作者が意図的に異なる解釈を採用したことが伺えます。
文化的・テーマ的意義
エンジェル・サルバドーレのキャラクターは、X-MENシリーズの中心テーマである「差別とアイデンティティ」を体現しています。以下に、彼女の役割が物語や観客に与える影響を考察します。
社会の疎外と自己受容
エンジェルは、ストリッパーとして働く女性として描かれ、社会の底辺で生きる姿が強調されます。彼女のミュータント能力は、昆虫のような外見や酸の吐き出しという、一般的には「美しくない」とされる特徴を持ち、自己受容の難しさを象徴します。X-MENの他のメンバー（例：ミスティークの変身能力やビーストの外見）が自己のアイデンティティと向き合うように、エンジェルもまた、自分の能力と社会の偏見の間で葛藤していると推測されます。
しかし、映画では彼女の内面が十分に描かれていないため、観客は彼女の葛藤を間接的に感じるにとどまります。彼女のヘルファイア・クラブへの寝返りは、自己保身や力への渇望だけでなく、社会から拒絶された者としての絶望感を反映している可能性があります。
女性キャラクターとしての描かれ方
エンジェル・サルバドーレは、ゾーイ・クラヴィッツの演技により、自信と反抗的な魅力を持つキャラクターとして描かれています。しかし、彼女の職業（ストリッパー）や性的な描写（クラブでのダンスシーン）は、女性キャラクターのステレオタイプを強化するとして、一部で批判されました。X-MENシリーズは、ストームやジーン・グレイのような強力な女性キャラクターを多く輩出していますが、エンジェルの場合は、戦闘力やストーリーへの影響力が限定的で、脇役としての印象が強いです。
それでも、ゾーイ・クラヴィッツのキャスティングは、キャラクターに多様性と現代的な感性をもたらしました。彼女の演技は、エンジェルの独立心や複雑な感情を垣間見せ、限られた出番の中で印象を残しています。
ミュータント迫害の象徴
エンジェルの悲劇的な結末（人体実験の被害者）は、X-MENシリーズが繰り返し描く「ミュータント迫害」のテーマを強化します。彼女の羽がトラスクのファイルに映るシーンは、ミュータントが単なる「能力者」ではなく、科学や政治の犠牲者であることを強調します。この点で、エンジェルの物語は、X-MENの闘いが単なるヒーロー活動ではなく、社会的正義のための戦いであることを象徴しています。
ファンと批評家の反応
エンジェル・サルバドーレのキャラクターは、映画「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」公開当時、賛否両論を呼びました。以下に、主な反応をまとめます。
肯定的な評価
ゾーイ・クラヴィッツの演技と、昆虫型の能力の視覚的インパクトは、映画に新鮮さをもたらしました。彼女の飛行シーンやバンシーとの空中戦は、アクション面での見どころとして高く評価されました。また、彼女の裏切りは、物語に緊張感を加え、ミュータントの多様な価値観を示す要素として機能しました。
否定的な評価
エンジェルの動機や背景が十分に描かれなかったため、彼女の寝返りが唐突に感じられ、キャラクターへの共感が得にくいとの批判がありました。また、原作ファンの一部は、彼女の能力や役割が原作から大幅に変更されたことに不満を抱きました。原作のエンジェルが持つティーンエイジャーとしての成長や母親としての側面が省略されたことも、議論の対象となりました。
全体として、エンジェル・サルバドーレは、映画の主要キャラクター（チャールズ、エリック、ミスティーク）に比べると脇役的な存在ですが、彼女のユニークな能力と裏切りの展開は、物語に多様性と複雑さをもたらしました。
結論
エンジェル・サルバドーレは、映画「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」における重要な脇役であり、昆虫型の飛行能力と酸性の唾液を持つミュータントとして、視覚的にも印象的なキャラクターです。彼女のストーリーは、X-MENチームへの参加からヘルファイア・クラブへの寝返り、そして悲劇的な結末まで、ミュータントのアイデンティティや社会からの疎外というテーマを体現しています。
原作コミックとの違い（特に成長や家族の要素の欠如）や、映画での限定的な役割は、彼女のキャラクターに深みを欠く要因となりましたが、ゾーイ・クラヴィッツの演技とユニークな能力は、観客に強い印象を残しました。エンジェル・サルバドーレは、X-MENシリーズが描く多様なミュータント社会の一端を示し、迫害や自己受容というテーマを補強する存在として、物語に貢献しています。
今後、X-MENシリーズがマーベル・シネマティック・ユニバース（MCU）に統合される中で、エンジェル・サルバドーレが再登場する可能性は低いかもしれません。しかし、彼女のユニークなデザインと物語は、X-MENの多様性と複雑さを象徴する一例として、ファンにとって記憶に残るものです。
レビュー 作品の感想や女優への思い